監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”|日曜劇場『ブラックペアン』

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監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”
本作の医療監修を担当している山岸先生に、
「ブラックペアン」にまつわるさまざまなギモン
お答えしていただくコーナーです

vol.32あとがき

「ブラックペアン」の医療監修という話が来たのは昨年の年末あたりだったでしょうか。スタッフの方々が病院に来て、企画内容などの話を聞き、手術見学の打ち合わせがあり、それから気付いてみたら、毎日のように連絡が来て、週3回くらいのペースで打ち合わせをして、リハーサルをして、撮影が始まってからは、週2回以上のペースで現場に行っていたような気がします。
医者になって、12年がたち、 1人で手術をするようになり、少しずつ自信と、同時に手術の怖さを改めて感じ、最高の手術を提供するためにはどうすればいいか、病院で日々考え、努力をしていた時の話でした。
テレビ関係の仕事、ましてや医療監修などという仕事は今までやったことは一度もありませんでした。自分に出来るのかなと考える間もなく、医療担当のスタッフさんに「先生は渡海先生と年齢も近いですし、手術もお上手ですし、ぜひお願いしたいと思います」と上手く乗せられ、良い気分になりスタートを切ったのですが、正直、想像以上に大変な仕事でした。そもそも、1つのドラマを作り上げるということが、これだけ大変な作業で、想像を超える数の人々の思いが、そこには詰まっているんだということを知って、そうなると、中途半端な関わり方はできず、医療部分の展開、疾患と手術の流れを考え、資料を集め、台本をチェックして、打ち合わせ、リハーサルに行き、現場に行き、手術場をセッティングし、編集をチェックして…徹夜で緊急手術した後にスタジオに行った事もありました。院長に頭を下げて手術シーンの撮影に行かせてもらったこともありました。 
それは一つの使命感でした。
最初にお話をいただいた時、恥ずかしながら原作を読んでいませんでしたので、「ブラックペアン1988」 を手にとって読みました。渡海は消化器外科医で、渡海の父親は内科医で医療過誤の濡れ衣を着せられ、病院を追われ、亡くなったと。今回のドラマでは、消化器外科医の設定は心臓外科医になり、渡海の父親の設定も内科医から心臓外科医と変わっていて、父親の無念を晴らすべく、執念と尋常でない努力で、渡海は天才的な手術の技術を身につけた。
私の父親も、心臓外科医でした。 
私が5歳の時に、久しぶりに早く帰ってきた父は手術中に誤って針を指に刺してしまったと母に言いました。医療事故でした。その手術をした患者さんはB型肝炎ウイルス陽性だったと。父親はその数週後に劇症肝炎で死にました。本当にあっという間でした。朝から晩まで休みなく患者のために尽くし、手術をしていた屈強な父親が31歳の時、いきなり死んだのです。こんなにも、人の命って儚いものなのだと、5歳にして思い知らされました。
それから、志半ばで命を落とした父親の無念を晴らすべく、私は心臓外科医となり、31歳を超える頃から手術をするようになりました。父が越えられなかった年齢を超え、父のできなかったこと、救えたであろう命を救うべく、日々頑張っていた時、この「ブラックペアン」の話をいただいたのです。
「時々誰かが、僕の人生を操っているような気がする」という瞬間が、今まで何回もあり、不思議な出会い、縁で、今までの私の人生は構成されていて、手術が出来るようになったのも、数々の先生方との出会いと、先輩方の教育のお陰であります。現在日本心臓外科学会の会員は4000人以上いて、この監修の話は誰に来てもおかしくなかった。ただ、何かの縁があって、自分のもとに来た。偶然だとは思えなかったのです。
失敗しそうになった手術を、天才外科医が超絶な腕で救うというような単純な医療ドラマであったら、ここまでこの監修に没頭したでしょうか。外科医の腕と最新医療の対立という構造の裏で、自分と非常に似た背景を持つ渡海が抱える父親への思い、佐伯教授との確執、複雑に入り乱れる人間ドラマがあって、医者とは何か、命とは何か、この今まで幾度となくテーマとされてきた「命題」に、この作品に関わる全ての人がもう一度最初から必死に取り組んで…、皆さんのその姿に強く共感し、深く感銘を受けなかったら、この作品にここまでのめり込むことはできませんでした。
この「ブラックペアン」で、命を落とした患者は1人もいません。亡くなっているのは渡海一郎先生だけです。渡海征司郎の天才的な外科医としての腕の根源にあるのは、父親の死であり、佐伯清剛への復讐心でありました。佐伯教授もまた、「何より、示さなければならないのです」と、亡くなった渡海一郎先生の思いを継承するべく、突き動かされている。この作品で唯一命を落とした人が、一番影響力を持ち、全てのシナリオを作っている。
亡き人の無念を晴らすという思いは恐ろしく人を成長させ、人生を大きく変えます。私も父親が心臓外科医で、死んでいなかったら、今何をやっているかわかりません。全く違う仕事をしていたかもしれません。亡くなった人は生きている人以上に人の人生に大きな影響を与える。
「亡くなった人の魂は生きている人の心で生き続ける」とよく言われますが、それは真実で、分子レベルで生体を研究する大学病院で学び、科学を駆使して、人工心肺を使い、心臓を止めて手術をしている現在でさえ、私はこの非科学的事象になんら疑問を持っていません。
渡海征司郎と渡海一郎が2人でタバコを吸うシーンを見ると自然と涙が出る。私の父親もセブンスターを吸っていました。
現場で感じるこのドラマにかけるスタッフの方々、演者の方々、海堂先生の思い、全ての熱量がとてつもなく、命を前にした人間の思いを描く情熱は、我々のそれ以上でありました。私自身も感化されて、完全燃焼することができました。すべてを出し切ることができました。
これだけの一流の人々が集まり、必死になって一つの作品を作り上げる姿、突出した才能と、その努力の果てにある芸術、その中で、すこしでもこの作品に協力出来た事は、私の一生の宝であり、この巡り合わせを実現してくれた亡き父に感謝せずにはいられません。 
こんなこと有り得ない、リアリティーがないと、医療従事者の方々のなかには医療ドラマを見て不快に思われる方もいると思われます。ただ、リアリティーの追求といって、1時間心臓手術の映像を流したところで、1針1針にかける我々の魂は伝わらず、ただグロテスクなだけで、何も生まれません。あのミケランジェロのダビデ像のモデルはガリガリに痩せこけた青年であったというのは有名な話です。男の理想像はかくあるべきという作者の演出があり、あれだけの美しい均整のとれた筋肉美が表現されて、人々を感動させる。我々医療従事者の命にかける思い、そこをより鮮明に劇的に描けるのはやはり、エンターテイメントに命をかけている人々に他なりません。毎日のように手術室にいて、リアルに手術をしていますが、感動したことは一度もありません。しかし、佐伯教授を助けるため、皆で力を合わせて懸命に手術をするシーンには、激しく心を揺さぶられます。白衣を着た医者の後ろ姿を毎日嫌というほど見ていますが、何とも思いません。しかし、全ての謎が解けた後に、「じゃあな。お前は良い医者になれ」と言って病院を去る渡海の背中を見たら、涙せずにはいられません。
最後に、数分のシーンを撮るために数時間かかり、1つの手術シーンを撮るために朝から晩まで続いた撮影、そこにはさまざまな人のさまざまな思い、想像を超える量の準備、繊細で高度な技術、決して妥協しない気持ちが詰まっており、 1シーンの裏には膨大な量の表に出ない映像と音があります。医学的整合性を保つために1秒のシーン、一医学用語を入れるなら、複雑に入り組んだ人間ドラマ、感情の動き、心の機微を表現するための演者の方々の一瞬の表情、一言を入れたほうが人の心に響くことは自明です。
少しでも、表現しきれなかったその医学的整合性を保つために、私の文章が役にたてばと思い、長々と、時にわかりにくくなってしまったかもしれませんが、出来る限りの説明をさせていただきました (本当はもっともっと説明するべきポイントはあったのですが、すべてを書くととんでもなく長くなってしまうので…すいません)。私のような一心臓外科医のために、このような場を設けてくださったスタッフの方々には、感謝してもしきれません。
約半年間、素晴らしい作品に出会え、素晴らしい人々と共に仕事ができました。今思うと大変な日々は夢のような日々で、もう二度と経験できないと思うとひどく寂しい。
明日からまた「普通の医者」として生き、最高の手術が出来るように弛まぬ努力をしていきます。辛くなったり、めげそうになったら「ブラックペアン」を見て、共に汗をかいて頑張った皆さんとの日々を思い出し、励みにします。
このページを読んでいただいた方々、言葉足らず、表現が稚拙で、分かりにくかったところもあると思いますが、1人の心臓外科医が日頃何を考えて、どんな思いで手術をしているのか、それと、撮影現場で体験した感動が少しでも伝わって、少しでも思いを共にできれば、これ以上の幸せはありません。
2018年の春を私は一生忘れません。本当にありがとうございました。
心臓外科医 山岸俊介

PROFILE

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イムス東京葛飾総合病院 
心臓血管外科
医長 山岸俊介
日本外科学会外科専門医
日本心臓血管外科学会専門医
2006年慶應義塾大学医学部卒業。
仙台厚生病院、埼玉医大国際医療センター、イムス葛飾ハートセンターを経て、現在イムス東京葛飾総合病院心臓血管外科医長。
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