寺田的 世陸別視点

第17回2013.08.15

期待されたメダルに届かなかった日本の競歩界。
世界との距離は遠いのか?

寺田的 impressive word
14th AUG.森岡紘一朗(選手団主将)
「50kmで入賞できなかったのは残念ですが、テグの代表に西塔が加わってきて競歩のメンバーは一番充実している」


●20歳の西塔が20km競歩最高順位
15日の男子50km競歩で、メダルも期待されていた男子の競歩2種目が終了した。入賞は20km競歩で6位に入った西塔拓己(東洋大)ただ1人。前回のテグ世界陸上では鈴木雄介(富士通)が20km競歩8位、森岡紘一朗(同)が50km競歩6位とダブル入賞を果たした。成績だけを見るとモスクワは一歩後退ということになる。日本の競歩は、メダルにはまだ遠いのだろうか。

20km競歩でこれまでと違ったのは、2人の日本選手がトップを争ったこと。2年前のテグ世界陸上、昨年のロンドン五輪と鈴木が集団から抜け出して独歩したが、今大会は西塔が3kmまでトップを歩いた。そして6kmからは鈴木が代わって先頭に立ち、11km過ぎまでトップを歩いた。

残念ながら鈴木は後退して12位まで順位を落としたが、西塔が終盤も崩れずに先頭が見える位置で歩いた。一時は4位にまで上がったが、競技場に入る手前で5位に落ち、残り100 mでも1人に抜かれてしまった。

それでも6位入賞である。20km競歩では2001年エドモントン大会の7位(解説の柳沢哲さん)を上回り、世界陸上最高順位となった。タイムは1時間22分秒09秒で銅メダルとは48秒差。
以前から積極性が武器だった西塔だが、鈴木が当時の日本新(1時間19分02秒)をマークした今年2月の日本選手権20km競歩で、鈴木と並んで先頭を11kmまで歩いたことが自信となった。

「トラックから出たら、自分のペースで積極的に行こうと思っていました。日本選手権の経験から、今回も良い結果が出せると信じていきました」

そうした積極性が特徴の西塔が、後半もしっかりと歩くことができたことで、日本選手過去最高順位となった。実は西塔は、ロンドン五輪でも最初に先頭に立っていた。
「最初に先頭に立ちましたが、頭が真っ白になって何をしていいのかわからず、いつの間にかずるずる後退していました。今日は周りも見ながら、落ち着いて歩けましたね。そこがロンドンとの違いです」

練習でも定期的に行なった25kmが、「自分の距離のなかに入ってきた」。レース後半に自信を持てるようになったのである。
「メダルに一歩近づいた感じがします」
20歳5カ月は日本選手の世界陸上入賞最年少記録。若い西塔が入賞したことで、世界で戦う選手層に厚みが出てきた。

●メダルに届かなかった鈴木だが
対照的だったのは鈴木で「メダルは相当に遠かったです」と肩を落とした。
3月の全日本競歩能美大会で出した1時間18分34秒は、シーズンベストが参加選手中トップ。大会直前には「メダルを取るための練習ができた」と、自他共にメダル候補と認めてモスクワに乗り込んでいた。
「トレーニング状況から今日のペースなら行ける感覚があったんです。自分の力を読み誤りました。本気でメダルを目指せると思っていたのですごいショックです」

結果から言えるのは、高い質、大きな負荷の練習ができたが、そこから調整して試合でパフォーマンスを発揮する流れができていなかった。気持ちの強さが鈴木の特徴だが、自身を追い込む練習ができることがあだとなった。

富士通コーチでもある今村文男陸連競歩部長が説明する。
「ショートスプリントとロングスパートというテーマで、連日、質の高いトレーニングができましたが、結果として本人の気持ちと体のリカバリーが合いませんでした。今後は練習段階で、どこまで気持ちを注入して行うかも考えて、改善していかないといけない」
千載一遇のチャンスを逃したが、鈴木の失敗を日本の競歩界の教訓としたい。

●50km競歩連続9位だった谷井の進歩
谷井孝行(SGHグループさがわ)はテグと同じ9位という結果に、「悔しいです!」とレース後の第一声を発した。
20kmでは5位を争う集団の後方につけていたが、25kmでは12位争いの集団に。終盤でじわじわと順位を上げたが、8位とは48秒差、7位とは2分50秒の大差があった。

テグは入賞ラインの8位が3時間47分19秒だったが、昨年のロンドン五輪は3時間41分24秒に跳ね上がった。今大会も3時間43分38秒で高速化が定着したような印象を受けた(気温の影響もあったという思うが)。

谷井の記録は3時間44分26秒で、昨年出した自己記録と30秒しか違わない。
「力は出せたと思うのですが、入賞に食い込むための力が足りなかったと、率直に感じています」と、この種目のレベルアップを実感した。ただ、そのなかで同じ順位を取れた。谷井自身もレベルアップしたことを意味している。
「順位は同じですがレースの質は2年前と比べたら大きく上がっています。テグでは15kmまでに警告が2枚出て、そこからは安全運転で歩かざるを得なかった。今日は警告ゼロでこのタイムを出せました。この2年間で自分の質もかなり上げられた」

今村部長も谷井の変化を高く評価した。
「こうなっているよ、と我々スタッフが指摘すると、それを理解する能力が高まっています。今回のレース中も、我々のアドバイスで歩きを修正できていました。歩きをコントロールする能力が高くなっていますね」
荒井広宙(自衛隊体育学校)も3時間45分56秒の自己新で11位。10位だったテグ大会とほぼ同じ順位。日本の50km競歩の進歩も示したモスクワ世界陸上の結果だった。

●充実の日本競歩
テグで入賞した鈴木と森岡はともに富士通の今村門下生だった。今大会の西塔と谷井は、他のチームの選手である。幅広いチームから世界で活躍する選手が生まれるようになっている。

西塔が若くして結果を残すことができたのは、昨年のロンドン五輪だけでなく、「世界ジュニア選手権(4位)が大きかったのではないか」と今村部長は見ている。
西塔自身、「金メダルを取ったイワノフ(ロシア)は自分と同い年。世界ジュニアでは2位だった選手です」と、同世代選手たちの活躍を理由の1つに挙げている。
今回は「メダルが遠のいた」と言う鈴木も、「もう少しピークを合わせられれば、まだ勝負できる」と悲観していない。メダルを狙った練習をする選手の出現は、そのことだけでも評価できる。

日本選手団のキャプテンでもある森岡は、「競歩のメンバーは今が一番充実している」と話す。今年2月の日本選手権20km競歩では鈴木、西塔のほか、3位の森岡から6位の藤澤勇(ALSOK)までが1時間20分台、7位の谷井と8位の荒井も1時間21分台前半の好記録で歩いた。大半の選手が自己新をマークしたのだった。

「宮崎で1〜2月に行った合宿では、実業団から学生まで多くの選手が参加したのですが、練習の1本1本、順位が入れ替わりました。そこで競い合った結果、神戸での自己新連発につながりました。50kmで入賞できなかったのは残念ですが、テグの代表に西塔が加わってきて競歩のメンバーは今が一番充実しています」

男子競歩の成長を確認できたモスクワ世界陸上だった。今回は届かなかったメダル獲得も、そう遠くない将来に実現しそうな予感がした。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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