寺田的 世陸別視点

第11回2013.08.09

3カ月前の「伝説になりたい」から、レース2日前の「出られるだけでありがたい」へ。
野口みずきの言葉が変わったわけ

寺田的 impressive word
8th AUG.野口みずき
「走るからには表彰台を狙っていきたいですけど…本当の気持ちは出られるだけでありがたい」


●レース2日前の心境
開幕2日前の8月8日。モスクワ市内で日本選手の記者会見が行われた。女子マラソンの野口みずき(シスメックス)、福士加代子(ワコール)、木崎良子(ダイハツ)と1万mの新谷仁美(ユニバーサルエンターテインメント)、男子では短距離の飯塚翔太(中大)、山縣亮太(慶大)、桐生祥秀(洛南高)、そして男子競歩の森岡紘一朗(富士通)と鈴木雄介(同)が現在の状態や抱負などを語った。

大会初日に出場する野口みずきの言葉で印象に残ったものがある。
「走るからには表彰台を狙っていきたいですけど…そういうところを狙いつつも、本当は出られるだけでありがたい、という気持ちです。35歳になってもこういう舞台で戦えることに感謝しています」

感謝の気持ちを強調したが、3カ月前の仙台国際ハーフマラソン(5月12日)では、「モスクワで“伝説”になりたい」と話した。“伝説”になるには、女子マラソン史上に残る偉業を達成しなければいけない。
3カ月前とレース2日前、2つの言葉の違いに野口の“今”が現れていた。

●メダルを取れば“伝説”になる
5月に野口を取材する機会があり、野口がイメージする「伝説」とは、具体的にどんな成績をイメージしているのかについて聞いてみた。
「何でもいいんです。年齢が行っていても世界で戦える、長い故障を克服して走れるところを見せられれば」

野口がメダルを取れば、アテネ五輪以来9年ぶりとなる。それが女子マラソン史上、最も長い間隔を経てのメダル獲得だったら“伝説”といえるのでは?
「そうですね。そんな感じをイメージしています」
ということで、世界陸上は1983年の第1回ヘルシンキ大会から、オリンピックは女子マラソンが開始された1984年ロス五輪以降の全メダリストを調べてみた。2個以上のメダルを取っている選手は13人、そのうちメダル獲得間隔が4年以上、または最初のメダルから最後のメダルまで(メダル期間)が5年以上の選手は7人が存在した。

メダル獲得の間隔が4年以上、あるいはメダル期間が5年以上の選手

順位 選手 開催年 大会 記録 間隔 期間
2 土佐礼子 JPN 2001 エドモントン世界陸上 2:26:06    
3 2007 大阪世界陸上 2:30:55 6年 7年
1 Catherine Ndereba KEN 2003 パリ世界陸上 2:23:55    
2 2004 アテネ五輪 2:26:32 1年  
2 2005 ヘルシンキ世界陸上 2:22:01 1年  
1 2007 大阪世界陸上 2:30:37 2年  
2 2008 北京五輪 2:27:06 1年 6年
3 Lidia Simon ROU 1997 アテネ世界陸上 2:31:55    
3 1999 セビリア世界陸上 2:27:41 2年  
2 2000 シドニー五輪 2:23:22 1年  
1 2001 エドモントン世界陸上 2:26:01 1年 5年
2 Manuela Machado POR 1993 シュツットガルト世界陸上 2:30:54    
1 1995 イエテボリ世界陸上 2:25:39 2年  
2 1997 アテネ世界陸上 2:31:12 2年 5年
3 Rosa Mota POR 1984 ロス五輪 2:26:57    
1 1987 ローマ世界陸上 2:25:17 3年  
1 1988 ソウル五輪 2:25:40 1年 5年
1 Valentina Yegorova RUS 1992 バルセロナ五輪 2:32:41    
2 1996 アトランタ五輪 2:28:05 4年 5年
2 有森裕子 JPN 1992 バルセロナ五輪 2:32:49    
3 1996 アトランタ五輪 2:28:39 4年 5年

上記7人以外で複数メダルを獲得したのは野口ら6人

2 野口みずき JPN 2003 パリ世界陸上 2:24:14    
1 2004 アテネ五輪 2:26:20 1年 2年

どちらも一番は土佐礼子(三井住友海上)だった。2001年のエドモントン世界陸上で銀メダル、2007年の大阪世界陸上で銅メダルを獲得。間隔は6年ぶり、メダル期間は7年である。

野口が今回メダルを取れば9年ぶり、期間は11年間となり土佐を大幅に上回る。メダル最年長記録にはならないが(※1)、ここまで更新幅が大きいのは野口自身も考えていなかったのではないか。そのくらいに難しいことであり、実現したら“伝説”と言って間違いない快挙である。
(※1)メダル獲得最年長はコンシタンティナ・ディタ(ルーマニア)が北京五輪優勝時に38歳、キャサリン・ヌデレバ(ケニア)も大阪世界陸上時に36歳だった。

●「アテネ五輪前と同じか、ちょっと良いくらい」(野口)
発言のニュアンスが変わったのは、本番直前になって弱気になったわけではない。練習に関して言えばこの3カ月、順調に消化してきた。6月いっぱい行ったボルダー合宿の様子はコラム第2回で紹介した通り。

7月のサンモリッツ合宿(スイス)、モスクワ入りする直前のフランクフルト合宿(ドイツ)はどうだったのか?
「サンモリッツの1カ月で今回は1080km。アテネ五輪前は1350km走っていますから距離でいったら少なめです。でも、質的には変わりません。余裕の持ち方や動きの面など、感覚的なところはアテネのときと同じか、ちょっと良いくらいです。2004年は私も若かったし、勢いでやっていた部分が大きかった。今は経験も積んできて、精神的にも余裕を持って大会を迎えられています」
慎重に「42.195kmは走ってみないとわかりませんけど」と言葉も付け加えたが、メダル=伝説となる手応えは十分の様子だった。

●発言のニュアンスが変わった理由
野口のコメントのニュアンスが変わったのは、話をするタイミングの違いもある。5月は本番に直結する3カ月間の練習を開始する前。メダルを取って“伝説”になるぞ、と強い意思を持って練習に臨む方が自身を追い込める。
その点レース直前は、練習を追い込んで行う段階ではない。選手のタイプにもよるが、自身の素直な感情に身を任せる方が楽なのだろう。直前に故障で欠場した北京五輪から5年間の思いが自然とこみ上げてきた。

「色々な人に支えてもらって、再び世界の舞台に戻ってこられました。今までの世界大会よりも、(世界一を争うレースを走る)実感があるんです。モスクワで改めて、感謝の気持ちを表す走りをしたい」

もちろん、メダルを取って自身の復活を高らかに宣言したい。“伝説”となることで若い選手に刺激を与え、日本女子マラソン界を活性化させたい。だが、そのための努力を十二分にしてきた今、優先したいのは自然と沸いてきた感謝の気持ちなのだ。
野口のコメントの変化が、充実した3カ月を過ごしてきた証しである。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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