特集

2020年3月22日「火山島バリを覆う巨大水路網」

幻の大陸が起源となった 水路によってもたらされる 神と人と自然の調和

バリ島の棚田は単なる農地ではなく、バリ・ヒンドゥーの信仰と結びつき、「スバック」と呼ばれる、水利システムであり組合によって人々の暮らしを支える存在なのです。

──豊富な湧き水を棚田のすみずみまで行き渡らせているのが、この世界遺産の登録名の一部でもある「水利システム」なんですね。

日下:そうです。バリ島の水利システムは「スバック」と呼ばれていて、水路そのものだけでなく、水利組合のことも指します。もともとスバックとは“流れる水の分配”を意味する言葉で、その組合では、構成メンバーで水路を適切に分けるように決められています。水路から田んぼに水を引き込む際、メンバーの人数に応じて水路の幅を測って分岐させるのです。例えば、1つの水路に14人のオーナーがいれば、稲を使って一人分の幅の13倍にし、最後におまけとして少し幅を足します。足した分は、天候で水量が減ってしまうことなどを考慮し、下流の水田へ多めに流すようにしているということです。

水路を利用者の人数に応じて分けることで、田に平等に水が行き渡るように工夫されています。

──平等に水が行き渡るように細かなルールが決められているのですね。

日下:スバックは、水を分け合うだけでなく、田植えや水路などの工事といった、人手が必要な作業を共同で行う組織でもあります。そうした人間同士の調和もこの世界遺産の登録理由に含まれています。その背景となるのが「トリ・ヒタ・カラナ哲学」です。

組合組織であるスバックのメンバーは、水路を共用しているだけでなく、灌漑や農耕などの作業を共同で行うこともあります。

──トリ・ヒタ・カラナとは、いったいどういった哲学なのでしょうか?

日下:神と人、人と人、人と自然という三者の調和を重んじる、バリ・ヒンドゥーの信仰と結びついた哲学です。スバックは、そうした人々の信仰と一体となっています。バトゥカウ山の麓に広がるジャティルイの棚田の水源は、10キロ以上離れた山の向こうにあるタンブリンガン湖と信じられ、この湖では大昔から供え物をする儀式が行われてきました。この土地の言い伝えでは、あるとき、この湖に捧げた供え物が山の向こうの棚田へとつながる泉から流れて出てきた、というのです。この伝承の舞台と言われる寺院にも訪れて、奇跡の泉を撮影してきました。

水源の湖や水が湧く泉は、水利の上で重要というだけでなく、バリの人々の信仰を集める場所となっています。

──溶結凝灰岩の地層を知らなかったであろう時代から、地下を流れる水の存在を人々は知っていたようですね。

日下:そうですね。バリの人々にとって、水源の湖は大事な聖なる場所です。番組では、バトゥール湖近くにある、バリ島で最も重要な寺院とされるウルン・ダヌ・バトゥール寺院も紹介します。この寺院には水の女神が祀られていて、多くの参拝者が集まる巡礼地となっています。バリ島の人々は、環境と信仰と調和することで暮らしを営んできました。

──その結果、生まれたのが今回の世界遺産の文化的景観なのですね。最後に番組の見どころを教えてください。

日下:ドローンを駆使して撮影した広大な棚田の絶景は見どころです。あと、ぜひご覧いただきたいのは、稲の葉に現れた水滴です。これは、夜露が溜まったわけではなく、植物の葉にある水を排出する「水孔」と呼ばれる穴から出てきた水なのです。この水滴が現れるのは、水が十分行き渡っていることの証なのです。バリ島の棚田で、稲にそうした水滴が現れた機会を捉えて撮影してきました。水滴が陽を浴びて、瑞々しい稲の葉に散りばめられた宝石のようにキラキラと光る様子をご覧ください。

水が豊かで、稲が健康に育っている証である水滴の映像を、バリの棚田で捉えてきました。ぜひご覧ください。

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