特集

2023年12月10日放送「ヴァッハウ渓谷の文化的景観」

どこから来た?3万年前のヴィーナス

ヴァッハウ渓谷の歴史の痕跡は、先史時代から残されています。3万年前に作られた、謎の多いヴィーナス像の秘密に迫ります。

──ヴァッハウ渓谷の他の見所を教えてください。

田口:ブドウ畑と同じく、中世と変わらない景色と言われているのが、渓谷のところどころにある街並みです。城や要塞、修道院、教会といった建物が昔ながらの姿のままで残っています。それらの中でも今回の番組で注目しているのは、渓谷を見下ろす崖や丘の上に建てられた「天空の古城」です。中世、争いが絶えなかったこの土地では、高い場所に城が建てられました。有事には狼煙を上げて連絡を取り合っていたそうです。

ヴァッハウ渓谷には、崖や丘の上に築かれた古城が合計9つ残っています。争いが絶えなかった中世に建てられたものです。

──山の上の城とは、いかにも中世ヨーロッパらしい景観ですね。

田口:中世の姿を残す町の1つであるデュルンシュタインにも、川から見た背後の崖の上に古城があります。いまはもう廃墟なのですが、実際にそこまで登ると非常に見晴らしがいい場所であることがわかりました。渓谷とドナウ川を一望できるので、軍事的な監視だけでなく、渓谷を行き来する船を見張って税金を取り立てていたそうです。

美しい街並みを持つことから「ヴァッハウ渓谷の真珠」と呼ばれるデュルンシュタイン。この町の背後の山にも古城があります。

──やはり交易としても重要な場所だったのですね。

田口:実は古代ローマよりもはるか昔、先史時代からここは人や物が行き交う場所だったのです。それがわかるものが1908年に発見されました。「ヴィレンドルフのヴィーナス」と呼ばれる像で、なんと2万9,500年も前のものなのです。

──そこまで古いものとは驚きです。どのような像なのでしょうか?

田口:長さは11cmほどのふくよかな女性の形をした像です。ヴァッハウ渓谷に鉄道を通す工事をきっかけに始まった発掘で、ヴィレンドルフという小さな村で発見されました。ウィーンの自然史博物館に所蔵されている実際の像を撮影してきました。

鉄道の敷設工事をきっかけとして1908年に発見された「ヴィレンドルフのヴィーナス」像。最近の研究でヴァッハウ渓谷から遠く離れた場所の石が材料に使われていることが判明しました。

──太古の像の実物を見てどうでしたか?

田口:思ったより小さく、よく見ると赤い色素が付いているのがわかりました。こんなに小さなものがいい状態で3万年近くも残っていたとは本当に驚きです。

──誰が何のために作った像なのでしょうか?

田口:先史時代のものなのでもちろん文字で記された記録などはないのですが、多産への願いが込められているのではないかというのが1つの説です。最近の研究で、この像の使われた石はヴァッハウ渓谷にはないもので、イタリア北部か、あるいは黒海沿岸の地域の石だったと判明しています。

──太古の像の材料がそんなに遠くの石だったとは、想像力がかき立てられますね。最後に視聴者の皆さんへメッセージをお願いします。

田口:ヴァッハウ渓谷の世界遺産のエリアには大きな街はなく、美しいヨーロッパの田舎の景色が広がっています。取材で訪れた印象としては、時間の流れ方が都会とはまったく違ってゆったりしている気がしました。出会った人たちがみんな人柄がよく、私自身「プライベートでまた行ってみたい」と思う世界遺産でした。長い歴史が生み出した素晴らしい景観の映像で、ゆったりした旅の気分を味わっていただければと思います。

その景色の美しさで世界中から旅行客が訪れるヴァッハウ渓谷。川の流れのようにゆったりとした時間が流れる風景をお楽しみください。

BACK TO PAGETOP