コラム

2019年11月23日更新 text by 寺田辰朗

第5回前田穂南と鈴木亜由子が3区で直接対決
翌年の五輪マラソン代表2人が走る史上初のクイーンズ駅伝

内容

クイーンズ駅伝の区間エントリーが23日の監督会議で承認された。来年の東京五輪マラソン代表の2人、前田穂南(天満屋・23)と鈴木亜由子(JP日本郵政グループ・28)はともに、エース区間の3区に出場する。
東京五輪代表を決めたMGC(マラソングランドチャンピオンシップ。上位2選手が東京五輪マラソン代表に決定)から2カ月強。MGC1・2位選手の争いが、クイーンズ駅伝に舞台を移して再現されることになった。
昨年も2人は同じ3区を走ったが、前田によれば2人は、MGC以外で競り合ったことはない。「タスキの流れ次第ですね。どういう順位でタスキが来るか」と前田が話せば、鈴木は「MGC後の初レースですし、東京五輪に向けて弾みがつくレースをしたい」とコメント。
注目の戦いが24日、仙塩街道で繰り広げられる。

優勝を目指す天満屋と3位以内が目標の日本郵政

翌年の五輪マラソン代表2人が、前年のクイーンズ駅伝を走るのは史上初めてのことだ。
MGCが創設される以前のマラソン五輪代表は、複数大会で選考されていた。クイーンズ駅伝前に代表が決まったのは、五輪前年の世界陸上のメダルを取った選手か、入賞した選手だけだった(年によって選考規定は異なった)。どちらも日本人最上位選手しか決まらなかったので、複数メダリストや入賞者が誕生しても代表に決まったのは1人だけだった。

今回の3区は歴史的なレースになるが、当事者である選手には「そんなに対決という感覚はない」(鈴木)のが実際のところだろう。駅伝はチームの対抗戦で、選手はチームの勝利のために、どう走るかを決める。選手個々の対決は後回しなのだ。
天満屋は今大会で、9年ぶりの優勝を目指している。後半の戦力は上位候補チームの中でも充実していて、3区で無理をしてトップに立つ必要はない。アンカーの6区には小原怜(29)を残すことができている。

それに対して日本郵政は、3シーズン連続トラック代表の鍋島莉奈(25)を欠く布陣になった。4・5区と高卒ルーキーを起用していることを考えると、1区の広中璃梨佳(19)と3区の鈴木で、できればトップに立ちたい。
ただ天満屋としても、4区に外国人選手を擁する豊田自動織機や、5区に安藤友香(25)を起用したワコールに対しては、3区で先行しておきたい。
等々、状況判断が求められるケースで走り出すこともあるが、実際のところ選手に選択肢が多くあるわけではない。前半から思い切り行くのか。前半を抑えめに行くのか。一緒に走り出す選手の力とタイプも気に留めつつ、自分の走りを本能的に決めていく。
前述の前田のコメントから判断すると、近くに鈴木がいたら並走する気は満々のようだ。チームの置かれた状況や、10kmの自己記録の違い(鈴木が約1分速い)などは気にせず、ランナーの本能として勝負に行くのではないか。

上り調子の前田と、成熟した強さの鈴木

MGC後、休みをしっかりとったのは2人とも同じだ。9月いっぱいは休養し、10月に入って徐々に体を動かし始め、前田は10月中旬から、鈴木は11月に入ってから駅伝に向けて負荷の大きい練習も行い始めた。
前田はMGC後の自身の状態を、18日の取材で次のように話した。
「MGCの後はしばらく体調面で疲れも感じていましたが、徐々に疲労も取れて、動きもだいぶ良くなってきました。去年のクイーンズ駅伝前と比べて、練習の感覚的にはしっかりと走れています。どんな展開になるかわかりませんが、できれば私でトップに出られたら」
他チームの指導者たちからも、今の前田は最高に動きが良いという評判が出ている。セーブなどしないで前半から攻めるのが前田の特徴でもある。昨年の3区でも2位集団を引っ張ったように、今年も積極的な走りをするのではないか。

一方の鈴木はどんな状態なのだろう。
高橋昌彦監督は、トラックの国際大会や日本選手権前と比べたら「6割くらい」の練習だったという。
鈴木もそれを認めるが、レース本番は違うと言い切った。
「練習はそこまで積めていないと思います。不安もあり、体の状況を見ながら少し抑えてきましたが、その中でもやりたい練習はやってきました。明日はもう本番なので何も気にせず、ちゃんとスイッチを入れて走ります」
今の前田が上り調子の強さなら、鈴木はある程度成熟した強さといえるだろう。
鈴木はこれまでもケガと隣り合わせの状況のなか、大一番ではしっかりと実績を残してきた。今大会も16年は、リオ五輪前からの故障(甲の疲労骨折)の回復過程でぎりぎり間に合わせた。17年も徳之島の練習で起伏を走りすぎて、右足足底に痛みが出た。
特に17年は2週間走る練習を中断し、クイーンズ駅伝前日の練習まで、出場か欠場か決断を保留していた。前日の12:00が区間エントリー提出の締め切りだが、11:50に鈴木が出場を決断した。その状態でも1区を区間3位で走ったのだ。それに比べれば今年の状況は、なんとかできる範囲に入っている。
レース本番でスイッチが入れば、鈴木のトップスピードに対抗できる選手は新谷仁美くらいしかいない。駅伝で前を追う展開でも強いし、独走になっても強い。
MGC前も「6割の練習だった」と高橋監督は打ち明ける。どこかに痛みがあったわけではないが、ケガの多い鈴木を必ずスタートラインにつかせるため、距離走などのスピードを抑えめで行った。
それでも鈴木の能力ならMGCは突破できる。そう判断して、実際その通りになったのだが、前田の快走に大きく引き離されてしまった。
しかし駅伝なら、同じ6割の練習でも、スイッチの入れ方も熟知している鈴木は、日本トップレベルの走りができる。
翌年の五輪代表2人が出場する初めてのクイーンズ駅伝は、上り調子の前田と成熟した強さの鈴木、対照的な2人の対決になる。

前田穂南 前日コメント

「どういうレース展開になるかわかりませんが、しっかりチームに貢献する走りをしたい。(代表に内定したことで)さらに自分の覚悟が決まり、目標に向かって頑張ろうという気持ちになっています。入社したときからオリンピックのマラソンに出ることが目標でしたが、それが近くなって、世界でしっかり戦っていく気持ちが強くなっています。チームも、代表を出したチームと見られることで、みんなの意識がより高くなって、駅伝でも優勝を目指す気持ちが強くなっています」

鈴木亜由子 前日コメント

「3区は2回走りましたが微妙に上り基調で、スピードに乗りきれなかった感想もあります。その反省を生かして走りたい。チームは今年3位以内を目標に掲げていて、そこに向けてみんなベストを尽くしたら結果はついてきます。きっと良い位置で3区にタスキが来ると思うので、その流れを後半に加速させられる走りができれば良いですね。強い選手が3区にそろっていますが、その中で自分もベストを尽くしたい。誰かとの対決より、しっかりとタスキをつなぐことを意識して走ります」

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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