第3回安藤の加入でワコールに超強力トリオが誕生
37歳・福士のためにチームが一丸に
内容
名門ワコールが、今世紀に入ってからは初の優勝を目標に掲げた。
五輪4大会連続出場のレジェンド、福士加代子(37)が長年チームを引っ張ってきた。そこに一山麻緒(22)が台頭し、日本選手権5000m&10000mで2種目4位など日本トップレベルに育った。そして今年、初マラソン日本最高(2時間21分36秒)を持つ安藤友香(25)が加入。強力なトリオが形成された。
長谷川詩乃(20)も5000mで3人に遜色ない走りを見せ、前回5区で好走した谷口真菜(20)も自己新と好調だ。
1980〜90年代に優勝5回の名門が、優勝を狙って宮城路に乗り込む。
安藤の加入でチーム全体がレベルアップ
安藤が久しぶりの駅伝に心躍らせている。
豊川高で全国高校駅伝優勝を二度経験している選手だが、高校卒業後は少人数のチームで競技を続けてきた。都道府県対抗駅伝などには出場してきたが、チーム単位で臨む駅伝は8年ぶりになる。
「高校と実業団ではレベルが違いますが、懐かしさも感じています。『こんな感じだったな』と思い出したり、初めてのチームということもあって、『新鮮でいいな』と感じる部分もあったり。個人的には今、本当にワクワクしています」
ワコールは過去3年間、1区は一山が走って区間1位・6位・3位と安定した戦績を残している。クイーンズ駅伝19回目の出場となる福士は、仙台開催になった11年以降は3区を走り続けてきた。となると、安藤の出場は5区の可能性が高いが、1区・安藤、5区・一山の可能性もないとは言い切れない。
「どの区間を走っても、任された仕事をする準備をしています。競り合っていることも、追いかける展開も想定していますが、自分のところで必ず先頭集団では走り、次の選手が安心して走れる位置で渡したい」
安藤は練習で、積極的に先頭を走ることも、最後に前に出て走り終えることも多い。福士はチーム全体に、安藤が加入した効果が出ていると指摘する。
「強いのが入ったからねぇ。みんなそこに引っ張られるから強くなったんじゃないんですかね。みんなやればできる子たちなんですが、引っ張りきるまでにはいかなかったので」
10月20日の大阪陸協記録会5000mでも、安藤がペースメイクをした。一山が日本人トップの2位で15分41秒22、福士と長谷川も15分40秒台、安藤と谷口が15分50秒台だった。入社2年目の谷口は昨年のクイーンズ駅伝5区を区間6位と好走したが、5000mでは自身初の15分台で、かなり大きな自信を得たようだ。
安藤が移籍先にワコールを選んだ理由は、福士の存在だった。「憧れの選手ですし、一緒に強い練習をしたいと思っていました」。同じチームになって、福士に話を聞く機会が多い。
「ひと言、ひと言が大きいですね。何気ない会話にもヒントがありますし、そういう考え方もあるのか、と視野が広がります」
その福士と、どんな気持ちで駅伝を走るのか。
「うれしいですね、同じチームで走ることができるのは。福士さんは来年のオリンピックが集大成です。駅伝はどれが最後になっても不思議ではありません。福士さんと一緒に走れる喜びを走りで表現して、優勝という形で送り出せたら最高です」
今年の駅伝が福士にとって最後になるかどうかは未定だが、今年移籍してきた安藤だから、できる走りがある。
「福士さんがいてくれている間に一度は優勝を」と一山
ワコールの一番の成長株が、22歳の一山だ。
入社3年目の昨年は成長曲線がなだらかになったが(1・2年目が飛ぶ鳥を落とす勢いだった)、今年からマラソンに取り組んだことでまた、新たな可能性が見え始めた。
初マラソンは3月の東京で、2時間24分33秒の日本人1位。初マラソン日本歴代9位の好タイムで、今後に期待を抱かせた。4月のロンドンは、MGC出場権を確実に得るために東京より前半を抑えて入り、2時間27分27秒。そして9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ。上位2選手が東京五輪マラソン代表に決定)では、スタートから果敢に飛びだした。2時間32分30秒の6位で五輪代表には届かなかったが、積極的な走りは見る者に爽快感を与えた。
「怖い物知らずだから行けたのでしょうね。次のマラソンでは少し考えないといけません」
わずか7カ月間で、3本のマラソンを走った。4年後の五輪に向けてその経験は無駄にはならないし、トラックや駅伝に対しても気持ちのゆとりが生じている。
「マラソンをやった後にハーフマラソンを走りましたが、全然短く感じました。駅伝の10kmならもっと、思い切り走ることができそうです」
7kmの1区なら、中盤以降に3つも上り坂があるが、怖がらずに最初から速いペースで押していくことができそうだ。10km区間の5区で単独走になっても、1人で走りきることができるだろう。
若くしてワコールのキャプテンを任され、練習でも先頭を引っ張ってきた。その部分では今季、安藤が加入したことで負担が大きく軽減された。
年齢的にも、福士と一山の間に安藤が入った。今のワコールで、若手選手たちに一番積極的にアドバイスを送っているのが安藤なのだ。
安藤の全国高校駅伝優勝の経験は大きいが、移籍選手は遠慮もあって積極的な発言はしづらいのが普通だろう。だがワコールでは永山忠幸監督が、安藤が自由にものを言える雰囲気をチームに作っている。
安藤自身は若手に助言することで「自分に余裕を持てるようになった」と言う。
「過去の自分に重ねて見ることができ、初心に返るような気持ちになります。若い子に何かを言うことは、合わせ鏡じゃないですけど、自分にも言っていることになる。厳しいことを言ったら、その分、自分もしっかりしないといけません。お互いを高め合うことになるんです」
そうして若手が成長した今年のチームを、キャプテンの一山は「私が入社してからの4年間で最高の状態」と表現した。
「今年はチーム全体で優勝を意識した取り組みをしてきました。安藤さんが移籍して来られて、若手も1人1人が(5000m)15分台の力が付きましたし、チームとしてすごく大きな力になっています。福士さんも近年では一番、良い状態だと思います。福士さんがいてくれる間に、必ず一度は優勝したい」
キャプテンの願いが今年、実現する可能性がどんどん大きくなっている。
“クイーン・オブ・クイーンズ駅伝”の走りを続けて来た福士
福士にとって今年は、19回目のクイーンズ駅伝となる。これまでの戦績は以下の通りだ。
==============10年までは岐阜県開催================
00年:1区区間2位 チーム21位
01年:3区区間1位(21位→5位)チーム19位
02年:3区区間1位(13位→3位)チーム13位
03年:3区区間3位(7位→4位)チーム6位
04年:5区区間5位(7位→5位)チーム4位
05年:5区区間1位(17位→3位)チーム8位
06年:5区区間1位(8位→3位)チーム4位
07年:5区区間1位(24位→11位)チーム9位
08年:3区区間5位(6位→5位)チーム7位
09年:3区区間1位(13位→1位)チーム5位 区間新
10年:3区区間1位(8位→1位)チーム8位
==============11年以降は宮城県開催================
11年:3区区間3位(13位→6位)チーム6位
12年:3区区間1位(11位→2位)チーム4位 区間新
13年:3区区間13位(16位→14位)チーム15位
14年: 欠 場 チーム21位
15年:3区区間12位(17位→15位)チーム17位
16年:3区区間4位(2位→2位)チーム5位
17年:3区区間14位(11位→12位)チーム17位
18年:3区区間5位(6位→3位)チーム5位
最後の区間賞から6年遠ざかっているが、区間賞8個は今駅伝最多記録だ。2番目に多いのが97年大会から02年大会の間にエスタ・ワンジロ・マイナ(日立→資生堂)が取った4個である。区間賞3個を取っている選手は過去に10人以上いる。福士がいかに突出した存在かがわかるだろう。まさにクイーン・オブ・クイーンズ駅伝といえる存在なのだ。
「(宮城では)3区しか走ったことがないですからね。去年よりここまでの流れは良いですから、去年よりも走りたいですね。ただ、ガーンと行くスピードも体力も今はないので、そこができないのが残念ですが、足を引っ張らないようになんとか頑張ります。チームとしては安藤か一山でなんとか、という感じですね。今年は長谷川もいますから、私がどうしようとかはありません」
いつもの福士節で話してくれたが、今年のチームに福士も期待しているのは伝わってきた。
永山監督は、以前のチームは「福士が絶対的なエースであり続けた」と言うが、一山が育って、その状況が変わってきたという。
「以前の福士は自分で決めるんだ、という思いが強かったと思います。それが今は『私が負けた分、みんなで稼いでね』と、後輩たちを頼る言葉が出るようになりました。そこに今年安藤が入ってきました。マラソンの2時間21分36秒は福士よりも上で、そこは福士も認めています。チームという歯車を回す役割を、安藤も大きく担ってくれました。以前は福士1人で回していましたが、今は一山も安藤もいて、みんなが噛み合って歯車を回しています」
だから今年のワコールは大きな力を生み出すことができる。一山も安藤も、そしてチーム全員が、福士に優勝させたいと思って今年のクイーンズ駅伝に臨む。それは一緒に練習する福士も肌で感じている。
だからといって福士自身は、「今年の戦力なら優勝を狙います」と真剣に話すことはない。後輩たちにプレッシャーを与えたくないと考えているのかもしれない。これまでも競技への真剣な思いは、言葉よりも実際の走りで示してきた。
取材の最後にクイーンズ駅伝の目標を問われた福士は、カメラに向かってささやくようにコメントした。
「優勝、しちゃうよ」
すぐに普通の口調で続けた。
「優勝にトライですかね。うふふふ」
そしてまたすぐに、少し大きな声で言った。
「優勝にトライ!」
バックナンバー
- [第6回] 3区に前田、鈴木、福士、高島、上原ら代表経験選手が集結
パナソニック、天満屋、ワコールの3チームが優勝に意欲 - [第5回] 前田穂南と鈴木亜由子が3区で直接対決
翌年の五輪マラソン代表2人が走る史上初のクイーンズ駅伝 - [第4回] 世界陸上5000m代表の木村が1区区間賞候補
移籍組の充実で資生堂が3位以内に照準 - [第3回] 安藤の加入でワコールに超強力トリオが誕生
37歳・福士のためにチームが一丸に - [第2回] 9年ぶりのクイーンズ駅伝優勝を目指す“マラソンの天満屋”
MGC優勝の前田と3位の小原、世界陸上7位の谷本が3本柱 - [第1回] “区間賞トリオ”で2連勝中の女王パナソニック
「今年は6人の力が試される駅伝」(安養寺監督)に
寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。