コラム

2019年11月20日更新 text by 寺田辰朗

第2回9年ぶりのクイーンズ駅伝優勝を目指す“マラソンの天満屋”
MGC優勝の前田と3位の小原、世界陸上7位の谷本が3本柱

内容

前回のクイーンズ駅伝2位。“マラソンの天満屋”が駅伝でも、9年ぶりの優勝を目標に掲げた。
9月15日のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ。上位2選手が東京五輪マラソン代表に決定)で優勝した前田穂南(23)、同じくMGCで3位に入った小原怜(29)、そして9月27日の世界陸上ドーハ女子マラソンで7位入賞の谷本観月(24)。天満屋はチームの主力3人が9月のビッグゲームで結果を出した。
それでも武冨豊監督は「ウチはマラソンチーム。駅伝は6位以内に入ればいい」と控えめな目標を設定していた。マラソンの疲れも考慮し、選手に無理をさせたくない親心もあったのだろう。
それが米国アルバカーキ合宿(10月14日〜11月14日)から帰国後に、クイーンズ駅伝で優勝を狙うことを選手たちが意思表示した。

昨年よりも手応えを感じている前田

武冨監督はアルバカーキ合宿から帰国後、優勝を狙うオーダー(区間エントリー)で臨むのか、若手育成を優先するオーダーで臨むのか、選手たちに結論を出すように指示をした。
オーダー自体は明かさなかったが、11月18日の取材において小原と前田は、クイーンズ駅伝の目標を「優勝です」と明言した。1区・小原、3区・前田、5区・谷本か、1区・谷本、3区・前田、5区・小原のどちらかになるだろう。期待の若手である三宅紗蘭(20)の調子が良ければ、三宅が1区か5区に入る可能性もある。
前田は元々スタミナ型の選手。クイーンズ駅伝でも1年目は6区、2年目以降は後半の長距離区間である5区を任されてきた。単独走になる可能性が高く、スタミナ型のエースが多く起用される区間だ。
だが昨年は、前半の長距離区間である3区に起用された。スピードにも成長が見られた、ということだろう。4カ月後(今年3月)の東京マラソンで記録を狙う予定で、そこへの布石の意味もあったかもしれない。
前田は期待に応え、区間5位ではあったがワコールの福士加代子(37)らとの激しい2位争いに競り勝った。スピードや勝負強さを身につけたことを、駅伝で実証した。
その前田が、昨年のクイーンズ駅伝前よりも良い状態だという。
「練習は去年と同じように継続してできました。体にはわりと、ゆとりがあります。去年は結構、きつかったんですが、今年はそうでもなくて、スピードに乗って楽に動かせたと思います」

天満屋は負荷の大きいポイント練習は、駅伝前は毎年固定して行なっている。駅伝1週間前に出場する5000m記録会も、前田は昨年の15分58秒19から15分47秒24にアップした。クイーンズ駅伝3区でも、前回以上の走りが期待できそうだ。
JP日本郵政グループの鈴木亜由子(28)やダイハツの松田瑞生(24)、パナソニックの堀優花(23)、第一生命グループの上原美幸(24)、京セラの山ノ内みなみ(26)ら、トラックの日本代表経験選手が3区に来たときに、マラソン代表の前田がどこまで対抗できるか。今年の注目点の1つだろう。
東京五輪マラソン本番でも、アフリカ勢がレース途中でペースを大きく変えてくることが予想される。前田にとってクイーンズ駅伝は、五輪本番への試金石にもなる。

“3月まで注目される”立場の小原

小原は18日の取材で、今年のクイーンズ駅伝での目標を次のように語った。
「去年は優勝できるチャンスだったのに、駅伝直前まで故障していて、チームに貢献できませんでした(6区区間4位。タスキを2位で受け取ってそのままの順位でフィニッシュした)。今年もみんな良い状態なので、今年こそ貢献したい」
今の天満屋選手で、小原だけがクイーンズ駅伝優勝を経験している。岐阜開催最後の2010年大会。天満屋にとっても唯一優勝した大会だ。3区を08年北京五輪マラソン代表だった中村友梨香が走り、5区を12年ロンドン五輪マラソン代表となる重友梨佐が務めた強力布陣だった。天満屋はつねに先頭が見える位置をキープし、5区の重友が区間賞の快走。第一生命を逆転して逃げ切った。

高校から入社して2年目の小原は、2区で区間8位だった。6人のメンバー中唯一、順位を落としてしまった。タスキを4位で受け取ったが、6位で3区の中村に中継した。
「入社2年目で、先輩たちについて行くだけで必死でした。駅伝で優勝する流れを作ってくれたのも先輩たち。私はそれに乗っただけでした」
だが、それから9年が経ち、中距離ランナーからスタートした小原は、15年世界陸上には10000mで代表入り。16年名古屋ウィメンズマラソンでは2時間23分20秒の好タイムで2位に入った。優勝してリオ五輪代表を決めた田中智美(第一生命グループ)とは、1秒差の激戦を演じていた。

マラソンでは19年大阪国際女子で日本人トップも取ったが、代表入りは16年リオ五輪に続き、今年のMGCでも次点の3位で逃してしまった。ただ、今後2時間22分22秒のMGCファイナルチャレンジ設定記録を自身が破るか、誰もその記録を破らなかった場合は、MGC3位の小原が五輪代表入りする。
リオ五輪選考の名古屋が1秒差なら、MGCは2位の鈴木亜由子と4秒差。これで代表を逃したら、悲運のランナーになってしまう。
武冨監督は小原に、次のように話しているという。
「代表の3人目が決まる3月まで、世間の注目を集める立場だよ、と自覚させています。もしも2時間22分22秒を誰も破らず小原が代表入りした場合、マラソン以外の種目でも悪い内容のレースをしたら、小原を選んで良いのか、と世間から指摘されるでしょう。そういう状況では、本番で結果を残すことは難しくなります。代表に選ばれて堂々と出場するためには、これからの1つ1つの試合が大事になります」
だが小原は、代表決定を“待つ”と決めたわけではない。小原本人はノーコメントを貫いたが、小原の気持ちが充実したら、2時間22分22秒の記録を狙ってマラソンを走る可能性を武冨監督は示唆した。
実際、「MGC前よりも今の方が良い」と監督の目には映っている。勝つべきところで勝ちきれない課題は、監督も本人も十分に感じているが、ここまでの経験は伊達ではない。
まずは駅伝でチームを優勝に導き、自身の代表入りに勢いをつける。それが小原にとって、2019年のクイーンズ駅伝の位置づけになる。

世界陸上7位の谷本を生んだ天満屋の強化スタイル

谷本は世界陸上後に左脚腓骨(すねの裏側の骨)に痛みが出て、「10日くらい」走れなかった。故障の少ない選手で、その10日間が「長かった」と笑う。アルバカーキ合宿にも1週間遅れて合流したが、これは元々の予定で、世界陸上がMGCより2週間後の日程だったためだ。
アルバカーキから帰国後の5000mも、16分07秒07でチーム6番目だった。
ただ、内容的には悪くなかったようだ。「まだ仕上げられていませんが、持ち前の勝負強さで例年通りの走りを期待できる」と武冨監督。谷本は2年連続1区を任され、一昨年は区間8位、昨年は区間7位。1区なら過去2年と同じように、先頭から100m程度の差に収める走りを見込める。
谷本自身は「前半区間ならチームに良い流れを作る走りを、後半区間なら粘って、順位を1つでも良くする走りをしたい」と目標を設定した。
谷本は広島の鈴峯女高時代、全国的な活躍はまったくなかった選手。だが、天満屋の地道なことを継続するスタイルで成長し、昨年から走り始めたマラソンでは、4レース目で世界陸上7位と結果を残した。
「(世界陸上入賞は)本当にラッキーでできました。チームに自分より強い選手が2人いますから、入賞で何かが変わったということはありません。この冬にはもう1回自己新を出したいですね」
谷本はこれまでの強化スタイルを継続し、一歩一歩、着実に成長していく。

天満屋はどうしてマラソンの日本代表を輩出し続けられるのか? 天満屋の伝統とは?
その質問に小原は「毎日の積み重ねができるチームです」と答えた。
「朝練習を週に6日、集団で走ります。これは他のチームにはないことだと聞いています。レースの翌朝でも、40km走をやった翌朝でも、そこは変えません」
谷本も次のように答えている。
「オリンピックや世界陸上に出ている人数が、これだけ多いチームはそうありません。代表選手の合宿や調整練習を、一緒にやることも身近に見ることもできるのです。先輩たちが背中で示してくれたことを後輩も一緒にやって、それができた選手が強くなります」
高校時代からトップ選手だったのは小原くらいで、前田は全国高校駅伝に優勝した大阪薫英女高出身だが、自身は3年間控え選手で全国高校駅伝を走ることはなかった。そうした選手が入社後にマラソン大きく伸びるのが、天満屋という実業団チームだ。

天満屋に欠けているものがあるとすれば、スピードに対する自信である。高校時代に全国トップクラスだった選手が少ないと、その傾向は出てしまう。クイーンズ駅伝も8位入賞を続けられればと、控えめな目標を立ててしまいがちだ。
だがマラソントリオを中心とした今季の戦力なら、優勝争いは十分期待できる。しかし選手たちから「優勝」という声が挙がってこない。それに業を煮やした形で武冨監督が、オーダーを自分たちで考えるように指示を出したのだ。
「9年前に優勝したときは、選手たちから自然と声が挙がってきました。先日の5000mの記録会もペースを守る走り方で、テンションを上げる走り方ではなかった。実際に優勝できるかどうかより、『優勝したい』と選手たちが言い出すことが重要でした。それがなければ優勝のチャンスはないし、その声が挙がれば、今年できなくても来年またチャンスが来る」
前田がMGC前々日の記者会見で「優勝します」と言葉にして、その通りに優勝した。MGCで前田がやってのけたことを、今度は天満屋チームがクイーンズ駅伝で再現する。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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