邂逅前夜

邂逅前夜

沖田の場合
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建てつけの悪くなった障子を開け、隊士たちのいる部屋の中を覗き込んだ沖田は、目的の人物がそこにいないことに気づき、首を傾げた。

「あれぇ? ここにもいない」
「沖田さん、誰をお探しですか」
「山崎なんですけど……今日、どこかで会いました?」

沖田がそう問いかけると、刀の手入れをしていた男がその手を止める。そして、そばにいた男と顔を見合わせた。

「お前、見たか?」
「いや、見てねえなあ。今日も慶喜さんの所じゃないですかね。ほら、明後日はついに行幸だから」
「ああ……なるほど」

隊士の言葉に、沖田はようやく彼の不在の意味を理解する。新撰組の監察方として……そして時には慶喜の護衛として働く山崎は、沖田よりもよほど多忙なのだ。

「山崎は屯所にいない。……ということは、必然的に今日の見回りは僕一人か」
「攘夷志士と鉢合わせでもしたらことですから、二人一組が基本ですけど……」
「まあ、沖田さんなら、攘夷志士百人に囲まれても生きて帰ってきそうだし心配ないでしょう。頑張ってください」
「山崎の代わりについてくるっていう選択肢はないんですね」
「ないです」

ふたりの力強い声を聞き、沖田はやれやれとため息をつく。
草履を履きながら空を見上げると、雲一つない青空が広がっていて、最高の見回り日和だと沖田は思った。

※※※

行幸まであと二日ということもあってか、街の中には普段よりも幾分か人の姿が多かった。

(みんな、意外と行幸とか興味あるんだなあ。帝の姿って、そんなに見たいものなのかな)

ぐるりとあたりを見渡すと、どこの店の軒先にも行幸を記念して作られた新商品が並んでいる。
お客を呼び込む店の主人の声には、ずいぶん熱が入っていて、その声に呼び寄せられるようにしてお客が店先に群がっていた。

(……なんだか、不思議な光景だな)

新撰組以外のことに基本的に興味を持てない沖田にとって、人々のその熱量はただただ奇妙だ。
一人蚊帳の外にいるような気持ちで彼らの様子を眺め、手元にあった団子を口元に運ぶと、後ろから思いがけない声が聞こえた。

「見回りの最中に物を食うな」
「あ、斎藤さん」

くるりと振り返った沖田は、斎藤の姿を見つけるとにこりと笑う。非番の斎藤は、その様子にため息をつきながら、ふと視線をあたりに巡らせた。

「……お前、今日は山崎と二人で見回りじゃなかったか」
「それが、屯所に山崎がいなくて」
「は?」
「行幸の日が近いから、護衛の仕事で手いっぱいなんじゃないかって。……誰かついてくる?って聞いたのに、他の隊士はひとりで行けって言うし。もう、今日はお団子でも食べながら歩かないとやってられないんです」
「……いつも食べているだろう、お前は」

斎藤はため息をついた後、沖田の隣に並ぶ。沖田は持っていた懐の中から小さな袋を取り出すと斎藤の方に差し出した。

「さすがにお団子はないんですけど、金平糖食べます?」
「いらん」
「ええ、もらってくれたら交換条件で見回り付き合ってもらおうと思ったのに」
「……見回りは、ひとりのほうが気楽だろう。隣で、団子を食うなと説教をされることもない」
「うーん、それはそうなんですけど」

沖田は食べ終わった団子の串を二つに折ると、懐紙に包んで袂にしまう。
ごくり、と喉が大きく動いたと同時に彼は前を向いたまま呟いた。

「やっぱり、信頼してる人に背中を預けられるっていうのはいいじゃないですか。……近藤さんと土方さんみたいに」
「俺は、いまだかつてお前を信頼していると一度も言った覚えはないが」
「えっ、嘘。僕完全に斎藤さんに気に入られてると思ってました」
「自意識過剰じゃないのか」

斎藤は沖田の言葉をふっと鼻で笑い、そのまま少しだけ歩く速度を速める。わずかに遅れた沖田はそれに小走りで追いつくと、恨めし気に彼の顔を見つめた。

「ええー……僕ばっかり斎藤さんを信頼してると思ったら、なんか腹が立ってきた。……信頼してもらえるまで、しばらく斎藤さんと見回りをさせてくれって土方さんに申し出ようかなあ」
「……信頼してる」
「あっ、すごい薄っぺらい感じで言った」
「鬱陶しい、袖を掴むな」

そばに迫る沖田から逃げるように、斎藤が距離を取る。
足を止めた沖田は苦笑いをしながらその後ろ姿を眺めて、そして…振り返った彼に不思議そうに目を向けた。

「斎藤さん?」
「何をぼうっとしてる。見回りに行くんだろう?」
「っ、はい…!」

斎藤の側に駆け寄り、沖田はもう一度街の中を歩き始める。
涼しげな表情の下に隠された、ほんの少しの優しさを感じられるのが嬉しくて、さっきよりも少しだけ見回りに行く足取りが軽くなった。

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