「帝の宝物庫に来るとさ、世の中にはこんなにたくさん綺麗なものがあるんだ……って毎回びっくりするんだよね」
晴明はそう言うと、大きな宝石を光にかざす。飴玉なんかよりもずっと大きなそれは、きらきらと紫色に光っていた。
「欲しいなら、やるぞ」
「いや、さすがに分不相応すぎるからいらない。……っていうかさ、男が宝石貰ってもね」
「まあ、それはそうだな」
宝物庫の整理をするために晴明を呼び出したはいいものの、肝心の晴明は興味があるものを引っ張り出すばかりで、整理をする様子がまったくない。
むしろ、棚の奥から荷物を引っ張り出すものだから、宝物庫へやってきた時よりも、辺りは散らかっているくらいだ。
「おい、いい加減整理を手伝えよ」
「帝さ、俺に整理整頓ができると思ったの?」
「あ?」
「俺の部屋がいつもどんな状態か知ってるでしょ」
晴明の言葉に、帝はふと……御所のはずれにある彼の部屋を思い浮かべる。
広い部屋には、着物が脱ぎ捨てられ、読みかけの本が散らばり、そして……
「ああ、そうだ。お前の部屋はいつも汚いな」
「そう。整理は苦手なの、俺。だから……これは人選ミスだよ」
「みす」
「失敗ってこと」
その言葉に帝は苦笑いをして、晴明の引っ張り出した荷物を綺麗に拭いては、棚の中に並べていく。
床に座ったままそれを見つめていた晴明は、せっせと整理に励む帝を眺めて呟いた。
「ところでさ、ここの整理を手伝ってくれる人なんて腐るほどいるはずなのに……なんで俺だったの?」
「暇そうだったからだ」
「うわ、失礼。その通りだから何も言えないけど」
「その通りなのかよ」
帝は晴明の言葉にくっと笑って、彼の方を振り返る。
すっかり働く気をなくした晴明は、壁にもたれて、天井のあたりを見つめていた。
「あいにくお前以外の人間は、三日後の行幸の支度で手いっぱいだ。なんて言ったって二百数十年ぶりの行幸だ。俺も役人も、皆勝手がわからん」
「気楽にやればいいのに」
「そうもいかねえだろ」
「……まあ、そうか」
晴明は帝の言葉に小さくそう返す。しばらく会話が途絶えて、部屋の静寂に呑まれてしまいそうになった時、帝がぽつりと言った。
「お前は、どうする」
「何が?」
「行幸の日だ。御所にいるほとんどの人間は俺の参拝に付き合う羽目になるだろうが、お前は…――」
帝の言葉に晴明は少しだけ思案した後、はっきりと言う。
「行かないよ」
※※※
二百数十年ぶりの行幸が行われる日。その日は、気持ちがいいくらいの快晴だった。
朝から御所ではたくさんの人間が準備に追われ、普段は静かな御所が珍しいほどの活気に包まれている。
「帝、こちらにいらっしゃったのですね」
「慶喜か」
恭しく帝の前で頭を下げた後、慶喜は柔和な笑みを浮かべる。彼はそのまま帝の周囲に視線を巡らせて、それからふと帝に問いかけた。
「おや……? 晴明殿は、一緒ではないのですか?」
「あいつは、留守だ」
「留守?」
「少し、雑用を頼んだからな。それに……自由なあいつには、こういうかしこまった場所は似合わねえだろ」
「……そうかもしれません」
今頃、晴明がどの時代のどんな場所を歩いているのか、帝はぼんやりと考える。
(ああ、でもどんな場所にいても…きっとあいつはあいつらしく、風のように自由でいるんだろうな)
吹き抜ける風が、御所の庭にも桜の花びらを運ぶ。
初めて降りる京の街で、またひとつの物語が始まることなど、この時はまだ、誰も知らなかった。
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