第4回 2023.03.07up
広瀬すず×永瀬廉が送る“青春ラブストーリー”『夕暮れに、手をつなぐ』(TBS)の脚本を手掛ける恋愛ドラマの名手・北川悦吏子へのインタビュー企画。全4回のうち最終回となる今回は、その創作のバイタリティの源やもの作りに懸ける想いについて聞いてみた。
浅葱空豆(広瀬すず)は自分が心奪われた美しいドレスをショーウィンドウ越しに海野音(永瀬廉)に見せ、音は自分の納得のいく楽曲が出来上がれば真っ先に空豆に聴かせたいと彼女の名前を呼ぶ。互いの“心沸き立つもの”を交換し合う2人の姿が眩しい。幼なじみの矢野翔太(櫻井海音)に婚約破棄を突きつけられた空豆は、彼が祖母のたまえ(茅島成美)のために実家に設置してくれたエレベーター代をどうにか工面しようとするが、最初はどうしたって思いつく解決策が“他力本願”の域を出ない。そんな空豆に音が言った「自分で買ってあげればいいんじゃない?自分で稼いで」が、彼女に初めて“自分の夢”というものを意識させていく。
「女の子が夢を実現していく話を書きたいと思いました。空豆も最初はエレベーターを婚約者の翔太に買ってもらおうとするけれど、自力で買おうとするようになる。シンデレラストーリーというのは自分で掴むものだよということも伝えたかったんです」
北川自身も空豆や音と同じ年齢の頃、作曲家になる夢を諦めた後、少しでも音楽に関わる仕事がしたいと入社した広告代理店を退社し、第二新卒で制作会社に採用されるなどまさに自身の夢に向かって紆余曲折の連続だったという。そんな時代を経て30年以上第一線を走り続け代表作を多数抱える人気脚本家となった北川は正真正銘の“自分で自分の夢を叶えた”人だ。そんな彼女から発せられるこの言葉の説得力たるや凄まじい。
自身の人生を「好きなことをやらせてもらえている夢のような人生」と話す北川だが、本作で空豆の憧れのファッションブランド「アンダーソニア」の天才デザイナー・久遠徹役を務める遠藤憲一も、そんな彼女について「北川さんが手にしている自由は自分で勝ち取った自由」だと言ってくれたようだ。
とにかく“もの作り”をする人が多数登場する本作。「ものを作るってのは、人間がいっちばん遠くまで行ける手段なんだよ」という雪平響子(夏木マリ)の言葉には、そうやって自身の人生を押し上げ進めてきた北川の実感が込められているのだろう。
北川へのインタビューの中で度々出てきた言葉がある。
「アイディアは美しい」―彼女の脚本家人生はこの“アイディア”への挑戦でもあり闘いでもあったのだろう。「新しいことをすると必ず軋轢が生まれるし、覚悟も試される」とした上で、こう続ける。
「アイディアって美しいと思うんです。誰もやっていないなら、やった方が良いんじゃない?と思うし、思いついたそのアイディアを大切に、まずはやってみたら良いと思うんです。ものを作るって“遊ぶ”ってことだと思うので、そこに枠がなければないほど楽しいし自由で良いと思います。常識に囚われすぎず、これまでにないような新しい試みにも誰かが取り組んでいかないと、吸引力はなくなるし“作る側の人間になりたい”って憧れる人もいなくなってしまうと思うんです」
そもそも『愛していると言ってくれ』(TBS)放送時、今でこそ珍しくはない手話や字幕が出てくるドラマだが、その当時は作中に字幕を入れることに北川自身も制作陣も二の足を踏んだという。“家事をしながらでも観られるドラマ作り”がセオリーだった当時、視聴者にその作業を中断することを余儀なくさせるこの試みは考えられないものだったようだ。
確立された自身のスタイルを持ちながら、新たなひらめきを鮮やかに軽やかに取り入れていく北川。あれだけ数多くのヒット作を手掛けながらも、原作ものは『あすなろ白書』(フジテレビ系)のみ、その他は全てオリジナル作品で、さらに全てが自身の持ち込みによる企画であるというから驚きだ。そのバイタリティの源について聞いてみた。
「やりたいと思ったらやりたいという気持ちが強くて。身体が弱いので元気な時しか書けない分いつでも書けると思ってないから、それがバイタリティになっているのかもしれないです。バイタリティはあるけれど、生き物としては弱いという自覚があります」
北川の創作の様子を近くで目の当たりにし続けてきた本作のチーフプロデューサーで『Beautiful Life ~ふたりでいた日々~』(TBS)、『オレンジデイズ』(TBS)とタッグを組んできた植田博樹はその様を「命を燃やし尽くすような勢い」だと形容する。北川本人は事もなげに続けた。
「闘病生活20年、あまりに“死”が身近にありすぎて、死ぬのも嫌じゃないというか“生きる”ってことにあまり執着がないんです。独特な死生観と言われますが。だから“死ぬまでにこれだけは書きたい”っていうのもないです。逆を言えば、“これが書けたらもう満足”っていうのもないだろうな、何を書き終えてもまだ“次はこれが書きたい”という気持ちは出てくると思います。だから、どうなっても”途中”なんです。ただ『愛していると言ってくれ』とか『ロングバケーション』『オレンジデイズ』など自分のドラマが長く残っていくのが見られたのでここまで生きて良かったかな、と思います」
「自分が書くものが観る側にある種の緊張感を強いることもわかっているし、“もっと楽に観させてよ”という人がいるのもわかる」とはインタビュー中にさらりと北川の口から放たれた言葉だが、北川脚本に充満するエネルギーや、自由で型にはまらず何事も恐れない伸びやかなヒロイン像の裏には彼女のこの死生観やある種の潔さ、それゆえの刹那に凝縮された純度の高い熱量や貪欲さがあるのかもしれない。インタビューを通してある意味“ドラマ以上にドラマのある”制作裏のほんの一部が垣間見えたが、彼女は少し悪戯っぽく笑いながら言う。
「現場では3日に1度は何かが起きる。楽しくてやりがいがあるというか、”生きてる”って感じがする。私“死んでないな”って感じがするんです」
制作裏を聞くうちに、先述の響子の言葉の他に、アフリカの有名な諺「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」(if you want to go fast, go alone; if you want to go far, go together)も頭を過ぎる。チーフプロデューサーの植田によると、北川は若手も含めたスタッフの皆と対等に話し合い、その場にいる全員に質問をしながらメモを取りそれぞれが持つ「こうしたい」を引き出すそうだ。「“死んでないな”って感じがする」と可憐に笑った北川が熱狂の渦の中心となって周囲を巻き込んでいく姿が目に浮かぶ気がした。
「まずは自分が納得できるものを書くというのが一番で、第二には一緒にやってくれているキャストやスタッフが喜んでくれるものを書きたい。過去にご一緒したキャストの方に「また作品に出たい」と言ってもらえるのが嬉しいです」
インタビュー時間は実に2時間30分に及んだが、その間ずっと北川の持つ熱風にほだされ、焚きつけられる感覚があった。どこまでいっても“途中”だと言い切れてしまえる北川だからこそ、多くの人の心に長く棲み着いて離れないこんなにたくさんの心震わせる愛しい2人とその周囲を描き続けられるのだろう。
文:佳香(かこ)
出版社勤務を経て、パラレルキャリアでライターに。映画・ドラマを中心に様々な媒体でエンタメ関連のコラムを執筆中。ビジネス媒体でのインタビュー&執筆実績もあり。