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マーティン・プリマー　ブライアン・キング『本当にあった嘘のような話』アスペクト　１４７０円

2004年09月09日

今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。

★マーティン・プリマー　ブライアン・キング『本当にあった嘘のような話』アスペクト　1470円

★よくサスペンスドラマなどで、都合のいい偶然が重なってドラマが進行することがありますね。例えば刑事が犯人を追うため、手を上げたところへちょうどタクシーが来て、キキィみたいな。

★この本は、そんな出来の悪いドラマでも恥ずかしくて書けないような実際に起きた『偶然や奇跡の数々のエピソード』を紹介し、科学的に検証した本です。

★例えば9・11のニューヨーク、世界貿易センタービルのツインタワーで起こったテロのとき、偶然、激突直前にオフィスから出て助かった法律事務所勤務のジョン・ウッズさん。実は彼は、93年に同じビルで爆発事故が起きたときも無傷で、さらに88年、スコットランド上空で爆破されたパンナム機にも乗っているはずだったのに事務所のパーティで急遽直前にキャンセルした為、命拾いをしていたのです。つまり、彼は、3度の絶体絶命のピンチを幸運にも免れたのです。（人生で3度もピンチがあるのが幸運かどうかは別として…）

★また、こんな運命的なお話も。2001年、スタッフォードシア州に住む10歳の少女ローラ・バクストンちゃんが、自分の名前と住所を書いた札をつけて風船を飛ばしたところ、その風船は260キロ離れた少女のもとにたどり着いたのですが・・・驚いたことにこの少女、同姓同名で、同じ10歳。同じ金髪で、で飼っているも動物も、黒いラブラドール犬とテンジクネズミとウサギだったとの事。

★偶然というのは、男女の間でも起こります。ジョン・ペスケットさんが妻の子どもの頃の写真を見ていた時の事、海岸で家族と写っている10歳くらい妻の隣で、ビーチで日向ぼっこをしている若いカップル。見覚えがあると思いきやなんと、若き日のジョンの両親でした。ジョンと未来の妻は、10歳のとき、同じ砂浜に来ていた。おたがい、知らなかった運命の的な出会い。「ぼくは運命を信じている。誰にだって運命の時と場所があるはずだよ」とジョンはいう。ロマンチック。

★また、幸運の代名詞「宝くじ」でもツワモノ達が紹介されています。ウィスコンシン州のスミスさんは、州の宝くじに93年、94年、95年と見事3年連続で当選。ジョゼフ・P・カウリーさんは、87年にオハイオ州で300万ドルの宝くじにあたり退職、フロリダで悠々と暮し、6年後のクリスマス、今度はフロリダ州で買った宝くじで2000万ドル当たった。

★幸運なんて俺には関係ないやという方々のために、科学的に見て幸運を呼び込む生き方についてご紹介しましょう。心理学者・ワイズマン博士の調査の結果によると「運のいい人は、笑ったり相手と目を合わせたりする頻度が多い」という事。また、運のいい人は悪い人より「はっきりした身ぶり手ぶりを使うことが三倍も多かった」そうです。

★「ええ、ほんと？」という話が200以上もでてきて読み物としても楽しめる本です。

石田衣良（いしだ・いら）『約束』角川書店　１４７０円

2004年09月02日

目黒考ニさんが夏休みのため、今日は書評家の吉田伸子さんが代役を務めます。

★石田衣良（いしだ・いら）『約束』角川書店　１４７０円

★直木賞作家・石田衣良の珠玉短編集。痛みを抱えた人々に差し伸ばした手のような一冊。

★まず冒頭の表題作『約束』が素晴らしい。２００３年に直木賞を受賞した『４ＴＥＥＮ』の世界を、ぎゅっと凝縮させたような作品。
突然の出来事によって、自分にとってヒーローのような存在の親友・ヨウジを失ってしまった１０歳の少年・カンタ。そのカンタのやりきれなさ、切なさが実に丁寧に描かれていて、読んでいて胸がぎゅうっとなってしまう。悲しくて苦しくて、自分を責めて、どれだけ自分が傷ついているのか、それさえも自分では分からなくなっているカンタの姿は、読み進めるのが辛いほど。でも、だからこそ、物語のラストが胸に響いてくる。

★他にも、事故によって肉体的なハンデを負ってしまった少年や、心理的なストレスから突発性難聴になってしまった幼い少年、愛する夫と死別した女性、などなど、本書の短編の登場人物たちは、みな、それぞれが深い悲しみの底にいる。

★誰もが、その悲しみの深さに打ちのめされ、押しつぶされそうになっていて、心の奥で声にならない悲鳴をあげている。逃れようのない暴力のように、悲劇は突然やってきて、彼らをがんじがらめにしてしまう。運命として受け入れるには、あまりにも残酷で、行き場のないやるせなさに、途方にくれてしまう。変わらずに過ぎていく時間に、自分だけが置き去りにされてしまったような、深い深い絶望感。

★でも、その悲しみを乗り越えるのは、自分しかいない。どんなに悲しくても、辛くても、それは自分だけで抱えていくしかない。それでも。そう、それでも。今すぐじゃなくてもいいから、ゆっくりでいいから。どうか、明日という日を信じて欲しい。少しだけでいいから、うつむいたその顔をあげて欲しい。立ち上がってはしゃがんではしゃがんでしまっても、それを何度も繰り返してもいいから。いつか、ほんの半歩でいいから、また自分の人生を歩き出して行って欲しい。そんな作者の、祈りにも似た想いが込められた１冊です。

★本書には、傷みを背負ったものに対する作者の共感がある。個々の痛みや悲しみは、どんな近しい間柄でも共有することはできないけれど、その痛みを共感しようとする、作者の姿勢が伝わってくる。と同時に、本質的な部分での、人間の強さ､健やかさを、作者が信じていることが、本書を読むとよくわかる。

★本文の最後に「作者によるあとがき」がある。『約束』が何のために書かれたのか、そのことを知った時、読み手はそこでもう一度心を揺さぶられるはず。

★帯には「かけがえのないものを失くしても、いつか人生に帰るときがくる－」とあるが、まさにこのコピーにふさわしい珠玉の短編集。悲しみの只中にいる時は、本なんか読めないかもしれないし、読めなくて当たり前だと思いますが、それでも、あえて、この本を手にとってもらえたら、と思う。悲しみの淵から、ほんの少し踏み出そうとしている時、この本はきっとその背中を優しく押してくれるはず。

黒岩比佐子『伝書鳩　もうひとつのＩＴ』文春新書　７１４円

2004年08月26日

今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。

★黒岩比佐子『伝書鳩　もうひとつのIT』文春新書　714円

★ここ何週間か、人に会うたびに「伝書鳩」のことを話してきました。ぼくのなかで、伝書鳩ブームだったんです。なぜ、そんなことになったかというと、きっかけは『昭和史がおもしろい』という本のなかでの、森本哲郎さんの発言。かつて有楽町数奇屋橋のたもとに朝日新聞社があったころ、同社に勤めていた森本さんが語る。「あのころ、遠くから本社へ連絡するのは全部鳩を使ってたんです。（中略）原稿を入れた筒を鳩の足に付けてパッと話すと数奇屋橋の朝日まで飛んでくるわけです。鳩ファックスだな（笑）」

★朝日新聞社の社屋の上に塔があり、夕方になると、その上を夕日を受けて鳩がたくさん舞っていたという。昭和三十年代初めころまでは、まだ遠距離の写真や原稿輸送には鳩を使っていたようだ。びっくりしましてね。以来、伝書鳩、伝書鳩と口走っているうちにこの本に出会いました。知りたいことは全部、この本に書いてあった。

★伝書鳩の起源は古く、紀元前七七六年の第一回古代オリンピックで優勝した選手が故郷にその喜びを鳩を使って送ったという記録があります。なんか、ロマンチックですねえ。その後、軍用、つまり戦地での通信用として伝書鳩の利用は発達します。

★でもぼくが興味を持ったのは新聞社で使われた伝書鳩で、そこに話をしぼると、日本では明治のなかごろから新聞社で鳩通信が使われる。通信手段のない遠隔地での事件、例えば山岳地帯の遭難や離島での事件などで、写真や原稿を送る方法として鳩が活躍する。昭和二十年代半ばは、まだ全盛だったといいます。ほかの方法はなかったのか。ヘリコプターはまだ簡単に買えないし、電送機は重たくて運べなかった。

★鳩は、時速約六十キロ、風に乗れば百キロを上回り、優秀な鳩なら一千キロを一日で飛ぶそうです。しかも、自分の巣を察知して飛ぶ特殊な能力もある。優秀な鳥なんですね。もちろん、伝書鳩として訓練した鳩にかぎります。だから朝日も毎日も読売も各新聞社に鳩係がいて、鳩を飼う小屋があった。鳩を飼育訓練する名人もいたそうです。

★鳩を使うとなると、事件のあった現場に記者がだいたい五羽くらい鳩を連れていく。一羽だけでは不安ですから、三羽くらいに同じ原稿を小さい筒に入れて鳩の足にくくる。写真は背中に背負わせたそうです。この鳩通信が数々のスクープをつくってきた。

★1953年、イギリス女王エリザベス二世の戴冠式に出席するため、船に乗った皇太子（いまの天皇陛下）が船上でくつろぐ写真を各社カメラマンが鳩を使って飛ばした。約40羽の鳩が日本めがけて飛びました。結果、毎日新聞社の「毎日353号」という鳩がみごと400キロを飛んで、新聞朝刊に皇太子の写真とともに「健気なハト君　皇太子さま、ほめて　私は力の限り飛んだ」として、ハトの写真が掲載されます。

★1960年代に、各社とも伝書鳩による通信を廃止していきます。さすがに時代遅れになっていく。いまでは、デジタルカメラと携帯電話を使って、地球の裏側からも、即時に新聞社のコンピュータに電送して、写真は印刷されます。鳩の出る幕ないですねえ。ただ、それだけ便利になったなか、鳩がスクープ原稿や写真をバタバタと飛んで運んでいた時代があった。それもそんな昔のことでもない、というのが、なんだかうれしいんですね。当時、新聞記者は新聞社の窓から空を見上げ、まだかまだかと鳩の現われるのを待ったといいます。古いやつだとお思いでしょうが、なんか、そういう光景はいいなあ、と。忘れてほしくないなあ、と。

★ところが、いま築地にある朝日新聞本社ビルにも、竹橋の毎日新聞本社ビルにも、屋上に、伝書鳩の功績をたたえるべく、鳩のモニュメントがちゃんと飾られているそうです。このこと、新聞社の若い社員のひと、知らないんじゃないかなあ。一度、屋上に登って、鳩のモニュメント、見てほしいですね。

恩田陸『夜のピクニック』新潮社１６８０円

2004年08月19日

今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん（文芸評論家の北上次郎さん）です。

★恩田陸『夜のピクニック』新潮社　１６８０円

★今回の作品は凄い！まだ８月ですが年間ベスト３入りは確実。思わず涙がこみ上げる青春小説の傑作。

★主人公たちが通う高校には修学旅行がない。そのかわりにあるのが高校生活の最後をかざる一大イベント「歩行祭」。夜を徹して全校生徒が８０キロの道のりを歩き通すというもの。そのスタートからゴールまでの一昼夜に起きるドラマを描いた作品。それだけの作品だが、これが実にうまい。シンプルな話を見事に読ませる。

★卒業を控えた高校３年生たちが主人公。高校生活の最後に一番の思い出を残す最大のチャンスがこの「歩行祭」。そこでさまざまなドラマが起きる。

★一組の少年と少女がいる。同じクラスのふたりは実は異母兄妹の関係。少年の父が外で別の女と作った娘がクラスメートの少女。父が死んだとき、少女とその母親が通夜に来たが、悪びれもせず後ろめたい様子もみせないふたりを見て、子供心にも少年は憎しみをいだく。その後、少年と少女は高校のクラスで再会するが、わだかまりが残っているため、少年は少女と一切口をきこうとしない。

★少女の方にはわだかまりはないのだが、少年のかたくなな態度をくずさないため、話しかけることが出来ない。卒業してしまえばもう会うこともない。そこで少女は、高校最後のイベントも夜間歩行の際になんとかきっかけを作って少年と一言だけでも話ができないだろうかと考えている。特別仲直りをしようとか、わかりあいたいとか思っているわけではないが、父親が同じ兄妹なのだから、一言ぐらい話をしてもいいじゃないかと考えている。しかし、少年は自分に腹を立て続けている様子。よっぽど自然なきっかけがなければ話しかけることはできそうもない。

★さあ、どうするか？果たして少女と少年は話をすることができるのか？言ってしまえばそれだけの話。人が死ぬわけでもないし大きな事件がおきるわけでもない。声をかけることができるかどうかというだけの話。しかし、恩田陸のストーリーテリングが冴える。周辺の友人たちそれぞれのエピソード（好きな女の子に告白しようか親友と一緒に歩けるだろうかとか）もいい。作中「超メロドラマだよね」というセリフがあるが、確かにベタなドラマといえばベタなドラマ。しかし最後は涙があふれてくる。「目黒さん向きだよ」と言われて読んだが、やはり泣いてしまった。

★アメリカの学校に転校した友人から届く謎のメッセージもミステリアスな味付けとなって効果的。

★これまで恩田作品は巧いながらもどこか物足りなさを感じていたが、この作品で完全に一皮むけた。最近の日本には珍しいシンプルなストーリーをここまで読ませる作家の力は凄い。大きな賞を獲るレベルの作家になった。本当に異色かつ珠玉の青春小説。必読です！

生島淳『世紀の誤審』光文社新書　７３５円

2004年08月12日

今朝の担当は岡崎武志さんです。

★生島淳『世紀の誤審』光文社新書　735円
★アテネオリンピックまで、ついにあと1日。あと何日、というのもいい加減聞き飽きましたが、もうこれでだいじょうぶ。今回のオリンピックは、谷夫妻の野球と柔道をはじめ、みどころは多いようです。とくに女子選手の活躍が期待できます。個人的には女子サッカー「なでしこジャパン」を応援してます。

★そして、もうひとつ、ちょっと今回のオリンピックで注目したいのが「誤審」の問題です。つまり審判のミスジャッジ。この本によれば、すべてのスポーツにおいて審判のミスジャッジはつきもので、しかもなかば容認されている部分もある。それは審判も人間だから間違いもあるといったレベルだけではないんですね。

★たとえばチームや選手への固定したイメージや、偏見がジャッジを左右することがある。野球でいえば、昨年まで阪神にいたムーアが、今年オリックスで投げてますが、めちゃくちゃファーボールが多い。これは「審判の間では『ムーアはコントロールが悪い』というイメージができてしまっているため、きわどい球はどんどんボールになってしまう傾向がある」らしい。逆に、かつてジャイアンツの王選手が悠々と見送ったときは、ほとんどボールと判定された。阪神ファンとしては、審判はみな巨人ファンちゃうか、と正直、思ったことがありました。

★サッカーＪリーグ名古屋グランパスで活躍したイングランドの大物リネカーは、「日本でイエローカードをもらうことはないだろう」と来日前から言われていたという。著者は、これらは名選手への敬意を表すもので、ある程度は仕方ないことと見ている。

★しかし、審判も人間、名選手への敬意で済まないケースがオリンピック。ここで誤審され、金が銀になったら、その選手、チームに一生つきまとう傷と禍根を残す。著者にこの本を書かせたといってもいい「世紀の誤審」が前回２０００年のシドニーオリンピックで起きた。日本柔道のエース篠原信一選手が１００キロ級決勝でフランスのドゥイエに敗れ、銀メダルに終わった試合。実際には篠原の一本勝ちで明らかに誤審だった。

★問題は、柔道の技を見分けられない審判が、主審を務めてしまったことにあるという。国際審判員制度の成立過程で、柔道のレベルが高くない国の審判員も国際大会で主審を務めることになった。モナハン氏はニュージーランドの人で、柔道が盛んとは言えない。オリンピックは審判の面から言えば、最高の大会とは言えない。審判制度を変えないかぎり、また同じような「世紀の誤審」は繰り返される。そう、著者は言います。

★どうしたらいいのか。選手側にも求められる対策がある。それはルールに精通して、審判に誤りを正す語学力を身につけること。２００３年パリの世界陸上で、末続選手が２００メートルで銅メダルを獲得しますが、スタートの際、末続独特の両膝をつくフォームに競技役員がクレームをつけ、位置をずらし、片膝でスタートさせられる。しかし、これもルールにはどこにもそんな規則はない。明らかな「誤審」だった。このとき、「どこにもそんなルールはありませんよ」と末続選手が英語で反論すれば問題はなかった。

★審判の技術向上には、観客の厳しい眼も役立ちます。いい審判は、サッカーの場合ですが、「今日はレフェリーがいないような気がした」と選手が言えば、それは最高の賞讃。「選手と話をしながら笑顔でイエローカードを出せるレフェリーは優秀」ともいう。「レフェリーイングは科学というよりも一つの芸術活動」ということばがあるそうです。

★したがって、今回のアテネでは、自分が応援するスポーツに関しては、選手だけではなく、レフェリーのジャッジに注意しながら見ると、より深く、楽しみが増えるかもしれないですね。

※岡崎さんが新作『本屋さんになる！』メタローグ1680円を発表しました。若い人の間で自己表現と生活の糧を兼ねた職業として注目されている「小さな本屋さん」についてまとめたノンフィクションです。

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