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川本三郎監修 『寅さん完全最終本』 小学館 3990円 2005年11月17日
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今朝の担当は、書評家の岡崎武志さんです。

★川本三郎監修『寅さん完全最終本』
小学館 3990円


★いまBS2で、「男はつらいよ」全48作を1作目からほぼ毎週、放送しています。ぼくは、できるかぎり見るようにしています。寅さん、たまらなくいいですねえ。でも以前はそんなでもなかったんです。特に若いときは、ヌーベルバーグだ、黒澤だ、小津だと言って、「男はつらいよ」なんて……なんてという言い方はちょっとあれですが、関心はなかった。おばさんと年寄りが見るもんだ、とバカにしてるようなところがあった。それで、自分が年取ってみると、やっぱりこれがいいんですね。15年ほど前に山田洋次監督にインタビューしたということもある。記事を書いてお送りしたら、非常にていねいな礼状をいただいたんです。 現金なもので、そうなると山田洋次はいい、となる。

★いま、第17作の「夕焼け小焼け」、マドンナが太地喜和子さんの、まで テレビでは放映されています。「男はつらいよ」のどこがいいかと言えば、前には気づかなかったことなんですが、日本全国を旅する寅さんと一緒に、日本の失われつつある美しい風景が、ふんだんに映像として残されているということなんですね。ススキの原、峠、山々、海辺の光景、それに蒸気機関車やローカル線の鈍行列車。考えたら、寅さんはけっして新幹線には乗らないんです。北海道や九州へも夜行や鈍行で乗り継いでいく。たしかに寅さんには新幹線は似合わない。「男はつらいよ」は旅情を大事にする映画なんです。それで、ぼくはいま「男はつらいよ」を見るとき、日本地図やガイドブックを脇に置いて、それが日本のどういうところかを確かめながら見るようにしている。そして、ああ寅さんが行ったあの町へ行ってみたいなあ、なんて考える。

★今日御紹介する『寅さん完全最終本』は、「男はつらいよ」がロケ地に選んだ場所を取材し、映画の名場面を重ねてガイドする、まさに僕の映画の見方にぴったりの本なんです。監修者の川本三郎さんによる山田監督へのインタビューがあり、ほかに川本さん自身がロケ地を旅した紀行文、ロケハンチーフを担当した助監督による裏話など「寅さんと一緒に日本を旅する」本になっている。なぜなら寅さんが旅した場所は名所となり、観光客がたくさん訪れる。地方自体からの誘致も盛んです。ロケ地にはいま方々で記念の碑が立っているそうです。

★ロケ地を旅した川本さんによれば、浅丘ルリ子がマドンナ(リリー)となった「寅次郎ハイビスカスの花」で、寅さんとリリーが群馬県の山の中のバス停で再会するするシーンがあるんですが、いまそのバス路線は廃止になったのに、バス停だけは記念に保存してあるそうです。山田監督も「それは知らなかった」とおっしゃっている。まさに「寅さん」の力です。また鉄道ファンにとっては、蒸気機関車ほか、さまざまな列車、それにいまは廃線となったローカル線や駅舎が映るのも楽しみじゃないでしょうか。第5作「望郷編」(マドンナ長山藍子)にも、小樽の機関区で蒸気機関車D51が映る。これは撮影のため、わざわざ当時国鉄が走らせてくれたそうです。ただ、映画に映るからと言うんで、鉄道員がピカピカに磨き上げてしまったんです。山田監督は「まいったなあ」と思った。お召し列車みたいになってしまった。

★この本では映画に映った場所を、現在の姿を比較しているんですが、小樽なんて寂れた運河周辺が、いまや観光地として整備されて美しくなった。ただ変わっていない場所もある。太地喜和子さんがぼたんという芸者をやった「夕焼け小焼け」は播州「竜野」が舞台ですが、これはいまでも映画のころと殆ど変わっていない。この「竜野」へは近いうちに一度訪ねてみようと思っています。しかし寅さんは、日本国中を旅して、疲れたら、必ず歓迎してくれる柴又という故郷がある。しかも毎年正月と盆と、二回も絶世の美女と恋もする。けっきょく失恋しますが、それでもうらやましいです。

★最後の作となった第48作「寅次郎紅の花」で、津山から岡山へ向う途中の駅で、寅さんがキップを売っている女性から「一時間以上、電車ないわよ」と言われて、答えるセリフがいい。「時間はいっぱいあるんだ」と言います。寅さんらしいセリフ。ただし、寅さんを演じた渥美清は翌年に亡くなる。そう考えると皮肉な気がする。

★ちなみに森本毅郎さんも「男はつらいよ」に出演されている。第36作「柴又より愛をこめて」にニュースキャスター役として。娘の美保純が家出して、父親のタコ社長がテレビで訴えるというシーンですね。付録に、全48作の予告編をすべて収録したDVDがついています。この冬、寅さんのロケ地を旅するというのがおすすめです。
池上永一 『シャングリ・ラ』 角川書店 1995円 2005年11月10日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

池上永一『シャングリ・ラ』
角川書店 1995円


★日本ファンタジーノベル大賞作家、池上永一の新作。ファンタジーは苦手なのでこれまで読まず嫌いでいたが、今作を読んでびっくり。極上の長編エンターテインメント。2段組1600枚の力作。読破するのに8〜9時間もかかったが、読むのに時間がかかるのは難しいからではなく。内容が濃いから。どんどん読めるのに長時間楽しめる。

★舞台は近未来の東京。21世紀に入り、二酸化炭素の増大で地球温暖化が深刻化した世界。二酸化炭素の削減のため、世界各国で植林が進められている。なかでも東京は早くから森林化され、熱帯雨林と化している。かつての東京の機能は、超高層建築「アトラス」へと移されているが、「アトラス」に住めるのは一部の裕福な特権階級だけ。残りの負け組の民衆は、マラリア蚊や未知の植物、昆虫がはびこる危険な熱帯雨林で生活している。政府は当初、すべての人々が「アトラス」に移住できるかのごとく喧伝していたが、実際は違った。反発した民衆は反政府ゲリラ「メタル・エイジ」を結成。旧・新大久保を拠点に、反政府活動を続けながら生活していた。

★この作品の独特の世界観は、経済体制にも及んでいる。『シャングリ・ラ』の世界では、世界経済は「炭素」を中心に動いている。二酸化炭素をを多く排出する国は多額の炭素税がかけられ、炭素のやりとりが大きなビジネスをもたらしている、、、。ここら辺の設定は、僕自身にはよくわからないが、あまり気にならない。雰囲気だけで引き込まれていく。

★主人公は、少年院を出たばかりの少女、國子。高校で催涙ガスを撒いたテロ行為の主犯として、少年院から出てきたばかりのところをゲリラ組織「メタル・エイジ」のリーダーに任命される。國子をサポートするのは、美貌のニューハーフ、モモコ。一方、「アトラス」の側にいるのは、不思議な超能力を持つ少女、美邦(ミクニ)。これらの人物造形もうまい。特にモモコのキャラクターが魅力。

★細かいディテールのイメージも鮮やか。日光にあたることが出来ない美邦が従者に守られて牛車に引かれるさまや、ネットトレーダーの少女が使う人工知能が暴走していく様子など、映像的でイメージ豊かな描写が見事。

★ディテールに凝ると大風呂敷を広げたまんま広がりっぱなしになりがちだが、この作品はプロットの展開が巧みで、物語が見事に着地する。小説を読む醍醐味が味わえる。

★また、この作品がいいのは読んでいて「楽しい」こと。近未来の東京を舞台にしたSF作品はこれまでにもたくさんあるが、どちらかというと暗い作品が多かった。しかし、『シャングリ・ラ』は活劇小説的な楽しさがある。私は最近のSFには付いて行けないオールドSFファンだが、この作品は大いに楽しめた。SFということは意識しないで読むことが出来る。小説を読む醍醐味を楽しめる年間ベスト級の傑作エンターテインメント!
草森紳一 『随筆 本が崩れる』 文藝春秋 924円 2005年11月03日
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今朝の担当は、書評家の岡崎武志さんです。

草森紳一『随筆 本が崩れる』
文藝春秋 924円


★今年、ぼくたち本好きにとって一番のニュースは、東京の木造アパートに住む独身男性が本を溜め過ぎて、とうとう部屋の床が抜けて、2階が1階になったというニュースでした。ぼくの友だちは本を溜め込んでる奴ばっかりで、あいつじゃないか、こいつじゃないかと噂しあったものでした。本は溜め込むと凶器になります。それほどかさ張って、重たいもんなんです。

★だから、この本もすぐ飛びつきました。総タイトルとなった随筆「本が崩れる」は、全体の半分くらいの量で、もとは1999年に文芸誌に発表された文章なのですが、このときも仲間うちで話題になった文章でした。「本が崩れる」というのは、ぼくたちにとって一番怖い言葉だからです。さあ、いったい、草森さんの場合、なぜ本が崩れたか。

★草森さんという人は1938年生れ、慶應大学中国文学科卒の評論家で、専門は中国文学ですが、まあ古今東西、ありとあらゆることを知りつくし、絵画から写真からマンガ、デザインと、なんでも書ける人です。著書も多数あります。近著は『荷風の永代橋』。永井荷風のことを書いた分厚い本でした。白髪の長髪で、これも白く長いヒゲを生やし痩せている。ちょっと仙人みたいな風貌です。

★家族はなく独身で、永代橋近くの3DKのマンションに独り暮らししているんですが、まあこのマンションの空間の半分以上が本で埋まっている。一つのテーマを書くたびに数千冊の本が増える。収入の7割が本代と言いますから、エンゲル係数ならぬ草森係数と呼ぶなら相当高い数字。しかもほとんど処分しないから、増える一方。家具はなし。冷蔵庫、箪笥、机などもすべて前の引越しで処分した。ベッドと原稿執筆の麻雀卓だけ。そのベッドも麻雀卓の上も本が占領しています。玄関も下駄箱はなく、本が積んであって、靴はその本の上に置いてある。廊下ももちろん本が積んであって、通るのには横歩きしなくちゃいけない。だから、この10年、他人が入ったことはない、と言っています。まあ、とにかく凄い。本の殻をかぶったかたつむりみたい。

★さあ、その草森さんが風呂へ入る。脱衣所のドアの前にも本が積んであって、脱衣所の中にも本があるんですが、あるとき、そのドアを閉めた途端、ドサッと本が崩れる音がして、ドアが開かなくなります。つまりドアの外に積んであった大量の本が、崩れて、床に散らばり、ドアを塞いでしまったんですね。いくら押しても開かない。独り暮らしですから、草森さん以外の人が部屋に入ってくることはない。かくして草森さんは完全に風呂場に閉じ込められる。密室です。これで草森さんが死んだら密室殺人ということになる。

★ところが草森さんはさほど困った様子もなく、せっかくだから風呂に入り、これからのことをいろいろ考える。脱衣所になぜか原稿用紙の束があり、ちびた鉛筆も一本見つかったから、原稿でも書くか、などと考える。さすが仙人、動じません。結論としては、無事、このあと脱衣所を脱出するのですが、それは読んでのお楽しみということで、そのほか、ちょっとふつうでは考えられない、大量の本との闘いの日々がつづられています。

★本棚の前に本が横積みになって列を作っているんですが、その際に、高さをそろえると崩れやすい、とか、知っても普通は役に立たない「横積みの技術」がえんえんと披露されたり、あと、机の前にできた小さな空間に、本を乗り越えていかに座るかもほとんど踊りの振り付けを説明するような書き方で紹介しています。

★その無益な馬鹿馬鹿しいエネルギーに、途中からおかしくなってくる。なにをやってんだろう、この人は、と。著者自身も、自慢しているわけではなく、どこかバカなことやってるなあということがわかって、マンガチックに自分の姿を描いている。そこがいいんですね。「電話は危険な道具である」なんて書いてある。電話が鳴って受話器を取りにいくのにも本が邪魔してすぐ出られない。やっと取ると、後ろで本が崩れる。思わず「ア−ッ」と悲鳴をあげる。すると、電話の相手がびっくりする。なにがあったかと。

★ところで、本を溜め過ぎて、風呂場に閉じ込められるなんてことが、草森さん以外に世の中にあるのかと言われそうですが、じつは、わたしが以前住んでいたマンションで、うちの奥さんがまったく同じ目に遭いました。やっぱり脱衣所のドアの横に積んだ本が崩れて、閉じ込められたんですね。今回、どうやって出たかと、ひさしぶりにその話を聞いてみたら、なんと草森さんとほぼ同じ方法でした。世の中には同じような話があるものだと感心しました。
長嶋千聡 『ダンボールハウス』 ポプラ社 1365円 2005年10月20日
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今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。

長嶋千聡『ダンボールハウス』
ポプラ社 1365円


★死ぬまでに自分の本を一冊出したいという人に、アドバイスがあるとしたら、ひとがまだぜったいやっていないことをなしとげろ。そうすれば、それだけで本が一冊出せるという鉄則があるんです。この本はまさしくそういう本です。

★ダンボールハウスというのは、いわゆるホームレスの人達の住居のことです。じっさいは、角材やベニヤ板、ブルーシートやテントなどを用いて作った小屋ですが、それを「段ボールハウス」と呼びます。著者は名古屋の中部大学工学部建築学科に在学中 の学生で、2002年に卒業研究をきっかけに、名古屋市内のダンボールハウスを3年かけて調査をします。その成果をまとめたのがこの本です。

★ホームレスの住居をじっくりと観察する人は少ないですから、外見ではどれも似たり寄ったりだと思えます。ところが、ところが、帯に「人の数だけ、家がある」とある通り、100人のホームレスがいれば、100通りのハウスがあるんですね。それを彼は、建築学科の学生らしく、一軒、一軒訪ねて、外装をスケッチし、施工方法や材 料を調べ、間取りを書き、データを取ります。そのためには、住人と仲良くなり、ハウスの中へ入り、ときには一緒に酒をのみ、食事までします。回転寿司をおごられたこともある。

★常識的に考えて、われわれ普通に生活している人間が、いきなりホームレスの家に 「こんんちは、お邪魔します」と訪ねていっても、中へ入れてくれるわけはないですから、まずそれだけホームレスの家の中だけでなく、心の内まで入り込むといことがすごいわけです。著者が取材拒否を受けたのはたった一軒だけ。あとは全部家の内部に入り込んでいる。あんまり、入り込みすぎて、ホームレスのおじさんにつきあってた彼女を取られる事件、つまり失恋ですね、まで経験する。逆「電車男」とでも言うべきか。

★わたしが感心したのは、ダンボールハウスとはいえ、いざ建てるとなると、できうるかぎりの工夫が重ねられ、増改築、リフォームもあり、結果、個性的なすみかが出来上がるということです。第一号は公園のなかにあるヤマモトさんの家。家主との世間話から内部を見せてもらうまで2カ月がかかったといいます。ドアがあって、靴を脱 いでなかへ入る。室内にはテレビ、CDラジカセ、洋服ダンスまである。まるで普通の家。しかし造りはベニヤとビニールシートなんですね。食器棚には調味料も揃ってて、壁には時計、カレンダーにはスケジュールがびっしり書き込まれている。どんな予定があるんでしょうか。ちゃぶ台の携帯電話は充電中、というのがこれまたおかしい。しかし、窓の外は公園なんですね。

★とにかく、見た目は悲惨ですが、住居と住まい方の形態は一般の家ほどバリエーションがあります。大人8人が暮らす中村カンクロウと7人と名づけられた大所帯のケースがある。ここには家主と、みんなの食事をまかなう寮母さんがいる。10キロの米を1週間足らずで消費する。このほか、三畳の畳が敷かれたハウスもあれば、他人に貸して収入を得る賃貸型もある。賃料は一日あたり300円。ここの家主は「先生」と呼ばれ、みなに慕われる70歳を超えた老人で、著者に「働け」と説教されたといいます。ホームレスに「働け」と説教される著者に会ってみたくなりますね。

★暮しの考察というコラムも収録されていますが、彼等の収入源を書いた「なりわい」を読むと、ダントツで多いのが「アルミ缶回収」。次に「建設作業現場などでの労働」。ほかにも「骨董屋」、電化製品の修理をする「電気屋」、さらに道に落ちている現金を拾う「地見屋」もいる。

★著者は「人間、はじめは住むところから。そこからだんだん贅沢になる」というダンボールハウスのおじさんの言葉を、調査を通じて真理として納得します。ほんと、そのとおりだな、と思います。必要最低限の「住まい」が確保されると、そのうえに、よりよい生活を得るための工夫をするようになる。「衣食住」の「住」の根本思想が、ダンボールハウスにも見られる。私は、ダンボールハウスを訪ねてみようとは思いませんが、今度、公園などで見かけたら、ちょっとこれまでよりくわしく観察してみたいと思います。
スラヴォミール・ラウイッツ 『脱出記』 ソニー・マガジンズ  2005年10月13日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

スラヴォミール・ラウイッツ 『脱出記』
ソニー・マガジンズ  2310円


★読み始めたらやめられない傑作ノンフィクション。50年ほど前に書かれ、読み継がれてきた古典的名作がついに翻訳された。著者はポーランド陸軍騎兵隊中尉だったのだが、侵攻して来たソ連の当局にスパイ容疑で逮捕され、でたらめな裁判によって強制労働25年の刑を宣告される。1941年、西シベリアに送られるが、6人の仲間とともに収容所を脱出。延々歩き続け、インドまで逃れるというスケールの大きな実話である。その踏破距離は6500キロ、1年あまりをかけた壮大な脱出行だ。

★まずバイカル湖までの最初の2ヶ月は酷寒の地を行くことの困難が待ち構えている。モンゴルを抜けてゴビ砂漠に入ると、今度は炎暑だ。水も食糧も持たずにゴビ砂漠を突っ切るのである。最後の障壁はヒマラヤ越え。まったく気が遠くなるような冒険行である。

★収容所をともに脱出したのは筆者を含め7人。筆者自身も収容所に入ったとたんに脱出を考えるような不屈の闘志の持ち主だが、他のメンバーもそれぞれ頑健で強い精神力の持ち主。筆者が脱出行を成功させるために選んだ顔ぶれである。コレメノスは身長180センチ、体重九十キロの巨漢。マコウスキーはポーランド陸軍の軍人で、頭脳明晰、体調良好。アントンはポーランドの騎兵隊軍曹で、頑健。二十八才のザカリウスはリトアニアの建築家で、理知的で慎重な性格。ドイツ系ロシア人のシュミットは、実はアメリカ人。五十才前後だが、ロシア語堪能。あともう一人はバルカン人のザロ。そしてさらに、途中でもうひとり合流するが、それがどんな人物なのかは読んでのお楽しみ。このうち生き残るのは4人、、、。

★制収容所を脱出した身の上であるから、装備が整っているわけではない。それなのに途中で何度も工夫して、ひたすら自由を求めて前進し続ける姿は圧巻だ。毛皮を集めてモカシン(靴)を作ったり、チョッキを作ったりして準備したものの、装備としては不十分。鋸の刃を研いでナイフを作ったりもする。武器はナイフと斧しかないが、ウサギを獲ったり魚を捕らえたり。

★少人数ならともかく、七人となると仲違いも心配するが、そういうことは起きない。仲違いするようなグループなら生き残れなかったということだろう。過酷な旅はみんなで助け合わないと続けられないということか。旅の間に他人のものを盗んだのも一回のみ。もともと人のいないところが多いこともあるし、モンゴルやチベットで出会うのも素朴で親切な人たち。食事などを振舞ってくれる。過酷なサバイバルのなかにも人を殺してでもという雰囲気はなく、爽快な読後感につながっている。

★この冒険行はヒマラヤで雪男を目撃したということで有名になるものの、彼らが見たものが本当に雪男だったのかどうか、それは判然としない。

★いやはや、すごい。そのディテールにとにかく圧倒されるのである。発刊されたのは五〇年前だが、いまなお色あせないのもそのディテールの迫力のためにほかならない。冒険ノンフィクションの傑作として読まれたい。
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