インタビュー

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原作者 桜井信一さん

どうして塾にも行かず、中学受験を目指そうと思われたんですか?

僕自身が中卒ですので、娘は高校を出たまじめな子にしたいと考えていたのですが、秀でているものもない普通の子だったので、スポーツなどでは未来を開けないと思っていたんです。でも「勉強」というものを知ったとき、生まれ持った運動神経とか関係なくて努力の割合が大きいのでは、と思ったんです。中学に受かることがエリートと直結しているんだ、ここがエリートへの入り口なんだから、まず中学に入ろう!と考えました。この入り口を見つけたときは「しめた!見つけた者勝ちだ!」と思いましたね。才能を必要とするものは無理でも、勉強ならこれまで生きてきた年数が短い分、娘も追いつくことが出来るだろうと迷うことはなかったです。

実際に受験勉強を始めてみて、どう感じましたか?

受験問題を見たときの衝撃といったらなかったです。最初は「頑張れば入れる」と思っていたのに、「くじけて下さい」と言われているようでした。真ん中くらいの子たちは頑張ったら賢くなる、それじゃうちの子はみんなの5~6倍は頑張らないといけないので、それを「考えない」ところからスタートしました。

どうして「一緒に勉強しよう」ということにしたんですか?

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うちの子はまず、入塾テストに受からないんです。だから最初は塾に入れるくらいになれるまで一緒に勉強しようと思っていたんです。受験をするには塾に入ることが近道だと分かっていたんですけど、普通の道じゃダメなんだと思って、突き詰めていくごとに方針が変わっていきました。それに「一緒にやろう」と言ったときの娘のノリがすごく良かったんです。僕自身も勉強をしなかったことを後悔していて、もう一回やりたいという気持ちと、それを娘とやれるなら、と始めたんですが、「自分は勉強に向いていたのではないか?」と確かめたかったんです。もしそうなら、娘も向いているのでは、と思いますしね。諦める日がいずれ来ても、納得して諦めたかったんです。

それでも、仕事をしながら一緒に勉強をしていくというのは大変だったと思うのですが…

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「どうせ3日坊主になるだろう」と妻はバカにしていましたし、知人も真剣には聞かなかったのですが、かわいい娘が自分と同じ運命をたどるなんていうことは許されないんです。自分のためならそこまで頑張れませんが、娘のためならたぶん平気だろう、と思っていました。やっている間はずっと眠かったのですが、睡眠不足だからということで挫折にはならなかったです。ただ、これが無駄骨になってしまうのではないかという恐怖はありました。
問題が出来なかったとき、親である自分の頭が良くて子どもが出来ないなら、普通は不満が出ると思うんです。でも自分は「遺伝させてしまった」と責任を感じて申し訳なくなるんです。ですから勉強している間、あまり叱ったことはありません。行き詰ったとき「こんなに頭の回転が悪くてごめん」「もっと早く気づけなくてごめん」と、二人で泣いていました。
でも算数の形をしているだけで、毎日の生活で行われていることが書き連ねられているんだということに気づいて、光が見え始めました。「つらい勉強に耐えた」というよりも、エリートに近づくようで楽しかったです。

自分たちだけで中学受験に挑戦して、財産になったことはどんなことですか?

始める前は「中学受験なんてお金持ちの道楽」と思っていました。今では平凡な子に与えられたチャンスですから、平凡な子ほど狙わないといけないと思っています。
今、娘は元気に学校に行っています。苦しんで苦しんで、もがいてたどり着いた場所です。きっと同じ場所でも、もがいた者のほうが強いと思うんです。賢い子よりも精一杯知恵を使ってきて、これからその子たちと同じ壁にぶつかっても、うちの娘は「何か方法があるはず」という思いを捨てずにいってくれると思います。本当に粘り強くなりました。

ご覧になる皆さん、特に親御さんに対してメッセージをお願いします。

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「うちの子にはとりえがない」という親が本当に多いです。勉強はちょっとやったくらいでは開花しませんが、ある程度のところに行ったら必ず開花するんです。僕は娘と一緒に勉強しましたが、ラスト3ヶ月くらいの娘の頭の柔らかさには適わなかったです。諦めてしまう親は、そこにたどり着く前に見切りをつけてしまっていて、見切りをつけられた子は運がなかったとしか言いようがありません。ですからとことん突き詰めて欲しいです。勉強って、やってみると意外といいものなので、是非やって欲しいと思います。

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