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歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

三人吉三巴白浪

「あの会社の部長が、金を使い込んでどろんした」とか良く言いますね。「姿を消す・失踪する」ということです。 歌舞伎は、音楽が重要な要素。舞台向かって左にある黒い小部屋を「下座(げざ)」といい、長唄・三味線・囃子方が控えて、場面場面で伴奏音楽を演奏します。これを「下座音楽」といいます。
お化け屋敷、たとえばお岩さまが登場するとき、「ヒュー」という笛に、大太鼓で「ドロドロドロ…」と鳴らして「怨めしや」となりますね。あれは歌舞伎で幽霊妖怪が出てくるときの下座音楽で、強さによって「大ドロ」「薄ドロ」ともいうのです。「ドロン」と太鼓を打ちやめると幽霊が消える。「どろん」はここから来ているんですね。
下座音楽の守備範囲は、極めて広いのです。幕明き前幕の中から聞こえてくる音楽で、ここは都会か田舎か、大名の御殿か呉服店の店先か、山中か海辺かが直ぐわかるようになってきます。それらの音楽・唄は、これはどの場面とパターン化して、「約束事」になっているんです。
ほかにも、人物の立場や性格、雨・風・波といった自然音を、歌舞伎は楽器で抽象化しました。雨音は小雨なのか雷雨なのか、波は浜辺か、岩に砕け散る大波かまで、演奏しわけます。「雪音」といって、雪が降るさまさえ、下座音楽にしてしまいました。本来、雪に音などあるわけがないのですが、大太鼓を打つこもった音を聴いていると、しんしんと雪が降りしきるさまが目に見えるようです。
また、人の見分けもつかぬ真の闇を三味線の音色だけで表す「忍び三重」もあります。こうした下座音楽を覚えておくだけでも、歌舞伎を観る面白さ・楽しさは倍増するはずです。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

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