歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

あとがき・歌舞伎への招待

ギリシア神話に「キマイラ」という不思議なケモノが出てきます。
ライオンの頭にヤギの胴体、毒蛇の尻尾を持ち、口から火を吐く怪物です。
昔、歌舞伎をこのキマイラにたとえた人がいました。
確かに、セリフの芝居があるか思うと、舞踊もある。「荒事」という、隈取をして暴れまわる誇張されたメチャクチャ・シュールな表現があるかと思えば、いまのドラマにそのまましても良いような、リアルな演技もある。能や狂言、文楽といったさまざまなジャンルの「良い要素」が貪欲に採り入れられている。キマイラと同様、さまざまな顔を持っていて、とらえどころがありません。
実際、九月の歌舞伎座は、昼は人形浄瑠璃(文楽)に基づいた「新薄雪物語」と舞踊「吉原雀」と古典ですが、夜は一転、夢枕獏の小説・コミック「陰陽師」の歌舞伎版なのです。

つまり、キマイラにたくさんの顔があるように、歌舞伎への入り口もさまざま、観客の観方もさまざまなのです。
理屈でなく、感覚で舞台を観てほしいですね。きっと何かを皆さんはつかまえるはずです。

あと、あまり受け身のお客さんにならないことを、勧めます。
観ていくうちに、いろんなことが次第に自分の中に拓けていく愉しさ。
そのうち「あれは違うよな」とか「あそこは面白かった!また観にいこう!」という思いが沸いてくるはずです。

「ぴんとこな」の放送中、つたないコラムを書いてきたのは、実は皆さんに、歌舞伎を愉しむきっかけとなるような「ルール」のヒントをお伝えしたかったからです。
サッカーだって野球だって、ルールを知らなければ面白くないでしょう?

せっかく日本人に生まれたのです。ならば、日本が培ってきた本当に「良いもの」に出会わないと、損です。
「ぴんとこな」は、テレビドラマと歌舞伎がコラボする、という思い切った実験でした。
歌舞伎の語源は「かぶく」、つまり常に時代の先端を行くこと。
テレビはじめメディアも、つねに「かぶいて」います。もともと共通項があるんですね。
「ぴんとこな」が、皆さんの「かぶき」心に火をつけ、私の文章が少しでもお役に立てたら、こんなにうれしいことはありません。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

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