特集
2019年11月24日「ピコ島のブドウ園の景観」
8000キロの石垣が守る芳醇なワイン文化
大西洋に浮かぶ火山島、ピコ島。不毛な大地でブドウを育てるために、島の人々は延々と石を積み上げて石垣を作りました。500年に及ぶブドウ栽培の結果、築かれた石垣の長さは総延長8000キロ。世界でもほかに例を見ない不思議なブドウ園について、小澤ディレクターに聞きました。
ブドウを守り育むピコ島の石垣
石垣作りは島の人々にとって大きな困難でした。しかし、石垣はブドウ栽培にさまざまな利点をもたらしたのです。
──まず今回の世界遺産「ピコ島のブドウ園の景観」はどこにあるのかを教えてください。
小澤ディレクター(以下、小澤):リスボンの西1600キロの大西洋に浮かぶアゾレス諸島の1つがピコ島です。ポルトガルに属していて、飛行機ならリスボンからは2時間半ほどで着きます。島の面積は446平方キロほどで、屋久島より少し小さいくらいです。 ヨーロッパなどから観光客が訪れるリゾート地としても知られています。
ピコ島は、大西洋の真ん中に浮かぶポルトガル領アゾレス諸島に属す島。リスボンから飛行機で2時間半ほどのリゾート地です。
──登録名にある「ブドウ園の景観」とは、どのようなものなのでしょうか?
小澤:この島の西側海岸沿いに広がるブドウ園が世界遺産なのですが、その最大の特徴は石垣です。ブドウ園を石垣で6×3メートルほどに区切り、各区画にブドウを数本ずつ植えています。空撮で見ると、石垣が網の目のようになっていて、その全長は8000キロにも及びます。
ピコ島のブドウ園の特徴は石垣です。空から見ると、ブドウ園全体に網の目のように張り巡らされています。そのすべての長さを合わすと8000キロにもなります。
──なぜそのような石垣が作られているのでしょうか?
小澤:まず、海から吹く強い風からブドウの木を守るためです。石垣は、ブドウの木の大敵である海水の塩分や、風で枝がこすれて木が傷つくことを防いでいます。また防風だけでなく、日中に太陽で暖められた石が夜も温かさを保つことで、畑の温度を上げるという役割もあります。その温室のような効果のおかげで、ブドウは甘みが増し早く熟すため、収穫も早まるのです。
石垣によって風からブドウの木が守られます。一方、木が低く生えるため、手入れや収穫は腰をかがめて行わなくてはなりません。
──石垣で囲うことでさまざまなメリットが生まれるのですね
小澤:その代わり、農作業が重労働になるというデメリットがあります。一般的なブドウ産地では、人が立って手が届く高さに実がなるようになっています。しかしこの島では、高さ1メートルほどの石垣で風をよけるために、ブドウの枝が地を這うように育てられています。そのため、手入れや収穫などの際はいつも腰をかがめて作業しなくてはなりません。また収穫したブドウは、人の手で運びます。機械やロバなどの動物では、石垣の間の細い通路を通れないからです。
今も昔も島の名産品であるワイン。島の在来種であるアリント、ヴェルデーリョ、テランテスの3品種が伝統的に栽培され、醸造されています。
──大変な苦労の上に生産されているブドウなのですね。
小澤:このブドウから作られたワインは昔から評価が高く、18世紀には島からヨーロッパ各地へ輸出されるようになりました。ピコ島産ワインは、ロシアの皇帝にも愛されたということです。ワインの交易によって島に富がもたらされ、その富で黄金で飾られた豪華な教会が建てられたほどです。現在、ピコ島で生産されているブドウの8割が白ワイン用です。収穫されたブドウの多くが協同組合に集められて一括して醸造されています。ワインは今でも島の主要産業なのです。
ワインは島に富をもたらしました。その富で建てられた、金をふんだんに使った豪華な教会が島の中心地に残っています。