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寺田的世陸別視点

第5回2013.07.22

山縣亮太&飯塚翔太
日本短距離のツートップの共通点は国際舞台に強いこと。違いはウエイトトレーニングへの取り組み方

●9秒台&19秒台に最も近い2人
陸上関係者間で「9秒台一番乗りは誰か?」の話題になったとき、真っ先に挙がる名前が山縣亮太(慶大)である。昨年のロンドン五輪予選で出した10秒07は衝撃的だった。五輪日本人最高記録。過去の名だたるスプリンターたちのタイムを上回ったのだ(準決勝でも10秒10)。タイム的には10秒01(4月・織田記念)の桐生祥秀(洛南高)が現役選手では9秒台に近いが、山縣への期待がまさる。

「200 mの19秒台一番乗りは誰か?」となると複数の名前が出るが、記録的には5月の静岡国際で20秒21を出した飯塚翔太(中大)が現役選手では最も近い。今季の勢いも考慮して飯塚を推す声が一番多いのではないか。
2人の評価が高いのは、国際大会でも力を発揮してきたから。そこが2人の大きな特徴である。

飯塚は2010年の世界ジュニア選手権(カナダ・モンクトン)200 mで優勝した。日本の陸上競技史上初めて、スプリント種目で世界大会の金メダルを獲得したのだ。山縣は2009年の世界ユース選手権100mで4位。ロンドン五輪の快走は前述した通りだ。
飯塚は世界ジュニアの結果が、自身の成長にプラスに働いたという。
「200 mは僕の前の(08年)チャンピオンがルメートル()で、その前(06年)がボルトなんです。当時のベストに近いタイム(20秒67)でしたし、力を出し切れたことは自信になりました」
※ 白人選手初の9秒台となる9秒98を2010年にマーク。テグ世界陸上では200mで銅メダル

ジュニアやユースで活躍しても、シニアになると世界と力の差が開く。選手層が4〜5倍くらいに膨らむので当然ではあるが、日本選手は生き残る割合が小さい印象がある。
「シニアへのつなぎが大変なんですが、世界ジュニアを一緒に走った奴らも頑張っているので、自分も強い意思をもってやって来られています」
山縣もジュニア時代から世界への意識が強かった。高校を卒業して環境が変わると「まずは大学生活に慣れて」と考えるのが普通だが、山縣は違った。2011年4月に行われた同学年の九鬼巧(早大。ロンドン五輪代表)との対談で、学生1年目の目標を次のように話していた。
「無理と思われるかもしれないけど10秒0台。それとテグ世界陸上。早すぎる目標でもないと思う。最低、自己ベスト更新だね」
10月の国体100mで10秒23(3位)と自己記録を更新したが(17年ぶりのジュニア日本新)、そのときの山縣はさほど嬉しそうな表情をしていなかった記憶がある。

●シーズン中もウエイトを欠かさない飯塚
ジュニア時代から世界で活躍してきた2人だが、行っている練習メニューは大きく異なる。特にウエイトトレーニングへの取り組み方は正反対だ。
飯塚は積極的に取り入れている、というよりも、メイン練習と考えている。
「ウエイトが6〜7割で、走るメニューは3〜4割。冬期は土日だけですね、走るのは」

シーズンに入ってもウエイトトレーニングを定期的に行う。ロンドン五輪の200mは予選落ちしたが、ウエイトトレーニングが不足していた影響があったかもしれない。現地で合流した中大の豊田裕浩コーチは「明らかに細かった」という。
同じような状態に今年も陥ってしまった。アメリカで合宿した3月末からレースに出始め、5月3日の静岡国際で20秒21の日本歴代3位を出したが、その間に体重が落ちてしまったのだ。「ベストは82〜83kgなんですが今は81kg」と飯塚。

関東インカレは5月の第3週と第4週に開催され、第3週の100mは山縣に0.20秒差の2位。第4週の200mは欠場した。
「スピードを上げると脚がぷるぷる痙攣してしまいます。筋肉が削られていく感じがあるんですよ、試合を重ねていくと。春先は持つと判断したんですが、計画通りには行きませんね。レースをして2日間くらい休んで、というパターンを続けたのがよくなかった。今日も帰ってウエイトをやります」

静岡で派遣設定記録を破った恩恵で、6月第2週の日本選手権は8位以内に入れば世界陸上代表に決定する。
「6月中旬から1カ月くらい海外に行くので、仮に日本選手権に合わなくても、今の時期にウエイトでしっかりとトレーニングします。世界陸上に向けた練習をしたいと思います」

ヨーロッパ遠征ではスポーツメーカーのミズノに協力してもらい、ウエイトができる設備があることを前提に練習拠点を決めた。遠征中のレースは21秒03と10秒34。低調なタイムを心配する声もあったが、7月のユニバーシアードにはしっかりと合わせて銅メダル(20秒33・+2.4)を獲得した。

●「センサーが鈍る」と山縣
一方の山縣はウエイトを取り入れない方針だ。「走る筋肉は走ってつけないと、余分な重さになってしまう」という考えは以前から聞いていた。だが、この冬は故障で走れない期間が長かったため(昨年9月に肉離れをして5カ月以上スパイクを履けずに過ごした)、ウエイトトレーニングも取り入れた。それでもなお、山縣の持論を変える状況には至らなかった。

「パワーで勝負をして外国選手に勝てるわけではありませんし、ウエイトを行うことでセンサーが鈍る感じがあるんです。走って養われる感覚が鈍ってしまう。シーズンに入って何度も走りを見直すなかで、やっぱり重たいな、と感じられるところもある。ビデオで見るフォームでもそう感じます」

ただ、ウエイトトレーニングを完全に否定しているわけではなく、「今後、やるかどうかはわかりません」とか「ちょっと考えます」など、慎重な言い回しをしている。飯塚とも同じジムに通い、一緒にウエイトトレーニングを行ったりもした。ただ、2人の考え方の違いから、メニューによっては100kg以上違う重量で行うこともあったという。
「飯塚さんは走りに生かせるイメージができるのだと思います。実際、走りを見ていて無駄じゃないとわかりますよ。その点、僕は走るなかの感覚に落とし込めない。あと、飯塚さんはウエイトをやっても太くならないんですよ。やらないとやせてしまうと、悩んでらっしゃいました。僕がウエイトをやると、脚が(横に)バーンとなってしまうんです」

山縣は陸上競技を始めてからずっと、“自分の走りとは何か”を追い求め続けてきた。まだ21歳ではあるが、自分なりの走りの哲学を持つにいたっている。
「どれだけ無駄のない走りをするか、だと思います。走りに使えない筋肉があることは、僕にとっては無駄なこと。黒人選手といっても上下動が大きかったりして、無駄な動きがある。力をつけて無駄が増えるくらいなら、力は要らないと僕は思います。僕なりの走りを追求して世界と勝負をしたい」
だからこそ、つねに体と対話をするセンサーの感度を良くしておくことが重要なのだ。

●2人に共通する武器
山縣が走るなかで感覚を研くタイプなら、飯塚はウエイトトレーニングのなかで感覚を研いている。メニューも同じものを繰り返すのでなく、いろいろなメニューを試す。専門のジムに通っているが、陸上部の後輩に意見を聞くこともあれば、野球やサッカーのプロ選手たちとの合同トレーニングに参加して、他競技の選手のやり方を参考にすることもある。

「ウエイトのメニューを変えるときは、1つだけ変えるんです。いくつも変えてしまったら、何が良かったのかわからなくなる。新メニューを1カ月くらい続けて判断します。大きなところで変わってきたのは、下半身とお尻と背中でウエイトを引くようになりました。それに伴って“固める”意識が走りに生かされるとわかったんです。以前はたくさんやっていたシットアップの腹筋運動はしなくなりましたね。スクワットなども、挙げる瞬間に固めるところを意識しています」

豊田コーチによれば、今の飯塚は「呼吸でも腹筋を意識して使うことができる」という。そのレベルまで、自身の体のセンサーを持っているということだ。
「やるとわかるんですよ。色々なウエイトのやり方があるなかで、これ違うなというのもわかります。走るときに体が反応してくれるので」
飯塚は「ここで走ったらケガをする」という予兆を的確に判断できる。大学1年時の静岡国際200 m予選で自己新を出したが、決勝はあっさりと欠場した。昨年も関東インカレを棄権したが、日本選手権ではきっちり2位に入った。その判断力はかつて、朝原宣治さんが大きなけがを克服し、長年の経験を積んで身につけたレベルに匹敵する。
今回は良い記録が出ない、という予測も同じように的確だ。6月のヨーロッパ遠征中の2試合もそれは覚悟していて、タイムが悪くとも慌てなかった。

山縣も感覚の鋭敏さでは負けていない。
実は5月の関東インカレまで「自身の走りができない」と苦しんでいた。
「桐生が織田記念のレース後に“腰が乗る”という感覚を話していましたが、今年の僕はそういう感覚がない。ロンドン五輪は準備段階でその部分はできあがっていて、意識しなくても自動的にできる状態でした。逆に言えば、そこさえできれば記録はどんどん出ると思う。日本選手権に向けては、そういう技術面の練習をやっていきます」
そして日本選手権では桐生を抑えて優勝。タイムは10秒11で自己記録に0.04秒届かなかったが、「イメージに近い走りができた」と、走りの内容には納得できた。
「中盤から加速にグーッと乗っていって、それでラストで力を抜くことができました」
終盤の走りは、シーズンイン前からイメージしていたことである。3月の取材で次のように話していた。

「伊東浩司さんの10秒00(日本記録)の映像を見ると最後を流しているようにも見えますが、実はスピードが出ているんです。レースで力を抜くのは精神的に難しいですけど、(カギとなるのは)そこなんじゃないかと思っています」
ロンドン五輪の準決勝で、最後に力んで失速した。そのときの感覚をどうすれば修正できるかを、突き詰めてきた結果である。

世界陸上で9秒台と19秒台が出るかどうかはわからないが、2人がモスクワでもしっかりと、自身の感覚を研ぎ澄ました走りをするだろう。
7月のユニバーシアードで山縣は100mの銀メダル、飯塚は200 mの銅メダルを獲得して帰国した。8月の世界陸上でも、何かしらの成果を2人そろって持ち帰ってくれるだろう。
仮に山縣が決勝に進んだとしたら、それは過去に90人が走っている9秒台以上の価値がある。仮に飯塚が19秒台を出したら史上49人目となり、9秒台よりも希少価値は高い。

寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
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