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寺田的世陸別視点

第22回2013.08.26

総括:“人”を見ることの重要度が増したモスクワ世界陸上。
日本勢は過去最多入賞種目「7」を達成

●各選手のポジションが明確だった大会
モスクワ世界陸上全体の印象としては、満足度の大きい大会だったと思う。新記録が続出したわけではないが、印象に残る種目が多かった。その理由は各選手のポジションが明確で、それに見合ったパフォーマンスをしていたからではないだろうか。
そのことがよく表れていたのが女子200mだった。コラムの第19回でも触れたように、誰が勝っても話題となった種目だった。

フェリックス(米国)が勝てば世界陸上単独最多の9個目の金メダルとなり、オカグバレ(ナイジェリア)が勝てば走幅跳に続くメダル獲得となった。そしてフレイザー・プライス(ジャマイカ)が勝てば、100mと200mの2冠が実現する。結果的にフレイザー・プライスが22年ぶりの女子短距離2冠を獲得し、4×100mRと合わせて3冠に輝いた。

フレイザー・プライス以上に3冠を強く期待されていたのがウサイン・ボルト(ジャマイカ)である。大物選手がドーピング違反で欠場し、マイナスイメージもあった短距離界だが、それをはねのけて3冠を達成した。モー・ファラー(英国)も男子5000mと1万mの2冠を達成。短距離と長距離のスーパースター2人が、額面通りの活躍を見せた。

期待された選手が欠場したり、敗れた種目も少なくなかったが、代わりに勝った選手たちもポジションが明確だった。
女子100m障害は女王ピアソン(豪州)が敗れた。優勝したテグ世界陸上やロンドン五輪のときのようなキレがなかったのは残念だが、後半でピアソンを抜き去ったロリンズ(米国)の強さもホンモノだった。

ロリンズは22歳の若手ハードラー。6月の全米選手権では100mのガードナー、200mのダンカンとともに、3人の女子学生選手が好記録で優勝して話題となった。代表経験のない3人が世界陸上でどこまで通用するのかが注目されたが、モスクワではガードナーは4位、ダンカンは準決勝落ち。12秒26(世界歴代3位)と、3人のなかでも高いレベルの記録を持っていたロリンズだけが、世界陸上でも快走を見せた。

男子800mは世界記録保持者のルディシャ(ケニア)が故障のため欠場したが、最大のライバルと目されていたアマン(エチオピア)が代わって優勝した。アマンの持ち味は勝負強さで、それをしっかりと発揮した。
男子400mはロンドン五輪金メダリストのキラニ・ジェームズ(グレナダ)が、ホームストレートでまさかの失速。代わって優勝したのはやはり、最大のライバルと言われたメリット(米国)である。43秒74の自己新は、金メダルを取った北京五輪以来の43秒台だった。

●記録の価値が伝わった大会
記録的には男子の走高跳と三段跳、跳躍2種目が最も盛り上がった。走高跳はボンダレンコ(ウクライナ)の2m41、三段跳はタムゴー(フランス)の18m04が優勝記録で、ともに世界歴代3位だった。
2m40台は今年6月にバルシム(カタール)が跳ぶまで、21世紀に入ってから屋外では誰も跳べなかった大台である。三段跳の18m台は史上3人目で、こちらも21世紀では初めての大ジャンプだった。世界新記録ではなかったが、2種目とも感動は大きかった。2つの記録の価値が、見る側にも伝わっていたと思う。

女子砲丸投はアダムス(ニュージーランド)が4連勝を達成した。男子棒高跳のブブカ(ウクライナ)の6連勝が最多連勝記録だが、アダムスは男子400mのマイケル・ジョンソン(米国)や、1万mのゲブルセラシエ(エチオピア)らの伝説的な選手と並び、2番目に長い連勝記録である。また、通常の試合でもアダムスは2010年8月を最後に負け知らずで、モスクワで39連勝を達成した。

アダムスの自己ベストは21m24で世界記録とは1m以上の開きがある。だが、アダムスより上の記録はほとんどが、1970~80年代に出されたものだ。ドーピング検査も現在ほど厳密に行えなかった時代である。今の時代で突出した存在であることを示す“連勝記録”は、アダムスの強さをしっかりとアピールした。

そして女子棒高跳のイシンバエワ(ロシア)が世界新の5m07に挑戦した。
ただ、この種目は記録的な盛り上がりというよりも、イシンバエワという不世出の選手の最後の舞台という意味合いが強かった。
世界記録更新28回の女鳥人も31歳となり、力の衰えは隠せない。地元世界陸上を引退の花道にするという情報もあるなか、4m89で3大会ぶり3度目の世界陸上優勝を決めた。
優勝決定後は他の種目がすべて終了し、女子棒高跳だけが行われていた。スタジアムの注目を一身に浴びるなか、5m07の世界新記録への挑戦を行った。クリアすることはできなかったが、イシンバエワのために用意された舞台で、主演女優のポジションを見事に演じきった(詳細はコラム第16回参照)。

●日本勢は“最年少入賞者”3人が誕生
日本勢は表にしたようにメダル「1」、入賞「7」で、日本陸連が目標としていた「メダル1、入賞5」を上回る成績を残した。入賞者数「8」はエドモントン大会、パリ大会、ヘルシンキ大会と並ぶ世界陸上最多記録である。

入賞者をマラソン男女、短距離(男子4×100mR)、長距離(女子1万m)、競歩(男子20kmW)、跳躍(男子棒高跳)、投てき(男子ハンマー投)と、中距離を除くすべてのブロックで出したことは高く評価できる。フィールド選手2人が同一大会で入賞したこと自体、過去になかった。入賞種目数は「7」で、こちらは単独で過去最多となった。
好成績の実現には、3人の“最年少入賞者”が誕生したことが大きかった。

男子20km競歩で6位の西塔拓己(東洋大)は20歳4カ月。これまで最年少だった千葉真子(旭化成)の21歳1カ月(1997年アテネ大会女子1万m3位)よりも、9カ月若かった。
男子棒高跳6位の山本聖途(中京大)は21歳5カ月。全体では上記2人に続いて3番目の若さだったが、フィールド種目では“最年少入賞者”となった(従来は澤野大地が2005年ヘルシンキ大会棒高跳8位となったときの24歳11カ月)。

そして桐生祥秀(洛南高)が男子4×100mRの1走として6位に入賞した。個人種目と同列に扱うことに異論はあると思うが、拡大解釈すれば世界陸上史上最年少日本人入賞者である。
できればマラソン以外でもメダルが1つ欲しかったが、五輪翌年に幅広い種目で若い力が台頭したことは、リオ五輪に向けて好スタートを切ったと言える。
言うまでもないことだが、38歳10カ月と最年長入賞記録を作った室伏広治(ミズノ)という重鎮がいてこその、若手の好成績だった(従来は弘山晴美が2005年ヘルシンキ大会女子マラソンで8位入賞したときの36歳11カ月)。

●記録&成績、プラス選手の取り組み
日本勢の好成績は、選手たちの取り組みを詳しく知ることで、より面白く見ることができる。
女子1万mで先頭を走り続け、アフリカ系選手数人に競り勝った新谷仁美(ユニバーサルエンターテインメント)がレース後に涙を流した。その理由はコラムの第14回で紹介したように、プロ意識と“普通の女の子”の狭間で揺れる気持ちからだった(と推測できた)。

棒高跳ピットで見せた山本の表情は、初の国際試合だった昨年のロンドン五輪と比べてまったく違った。その経緯を知ると、山本の跳躍の背景がわかって興味深く見ることができる(コラム第15回)。

個人種目最年少入賞者となった西塔はスタート直後に先頭に立ったが、10年前の日本勢にはなかった積極性だ。独歩をすると審判の目に触れる機会が多くなり、警告を取られやすくなるから集団の中で歩いた方が良い。日本の競歩界ではそう言われていた時期もあったのだ。山崎勇喜(自衛隊体育学校)が50km競歩でその慣例を破り、今は西塔や鈴木雄介(富士通)が当たり前のように先頭を歩く。

西塔は今後、メダルや日本記録更新が目標となるが、「自分の中で“芯”をもって競技をすることが重要」と言う。西塔が“芯”としているのは、攻める姿勢である。積極的なレースを展開し、それを可能にするために練習や日常生活にも攻める姿勢で取り組む。
これは東洋大のチームカラーである。
「最初からひるまず、どんどん攻めていく。東洋大ではみんなそうなのですが、そうしないと納得できないんです」
世界レベルの競歩選手が、学生駅伝の強豪チームから生まれた点に着目すると、色々なつながりが見えてきて面白い。
世界のトップ選手を見るときも同様だ。

フレイザー・プライスは200mとの2冠を達成するために、中・長期的な取り組みをした上で、メンタル面でも高い集中力を発揮した(コラム第19回)。ボルトとファラーが勝った種目はロンドン五輪と同じだったが、2年前のテグ世界陸上とは違っていた。ボルトはテグの100m決勝で、フライングを犯して失格している。ファラーは1万mでジェイラン(エチオピア)にゴール前で逆転された。

ファラーはダイヤモンドリーグ・モナコ大会のときに、次のように話していた。
「テグの1万mで失敗したからロンドン五輪の2冠が達成できた。テグのレースで多くを学ぶことができたのです」
元からスタートに神経質だったボルトがテグ以降、さらにナーバスになっていたのは有名な話だ。そこをコーチから忠告を受け、ロンドン五輪前に気にするのをやめた。

今季のダイヤモンドリーグ・ローマ大会で、珍しく好スタートを切ったが後半でガトリン(米国)に逆転されたことがあった。以前のボルトだったらそこで考えすぎて不調に陥ったかもしれないが、今季のボルトは慌てずに立て直してきた。
ロンドン五輪に続きモスクワでも、ボルトは圧倒的な力を見せて3冠を達成した。ファラーも得意のラストスパートで、いつものように2冠を達成した。それだけではないのである。

記録や成績を理解するのは陸上競技観戦の基本である。そこに“人”を加えて見ることで、よりいっそう面白く観戦できる。陸上競技の楽しみ方が、ある意味進化したといえるモスクワ世界陸上だった。

寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
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