ルーベンス展−バロックの誕生

「ルーベンス展」開幕記念 リレーコラム

漫画家・田亀源五郎が読み解く、ルーベンスの肉体美

文/田亀源五郎

私にとってルーベンスの描く肉体の魅力と言えば、何と言ってもシワとたるみによって表現された、その肉感だ。フィットネスでゴリゴリに体脂肪を絞ったような筋肉美ではなく、逞しい筋肉の上に適度な脂肪も乗ったような、指でちょっと押したらムニュッとなりそうな、でもその奥には太い筋肉の束が感じられそうな、そんな肉体。古代ローマの剣闘士たちは、筋肉だけでなく脂肪もつけるために、大麦を主食にしていたという話を聞いたことがあるが、ひょっとしたらこんな体型だったのかも知れないなと想像する。つまり何というか、つい触ってみたくなるような、その感触をこの手で確かめてみたくなるような魅力があるのだ。

写真1:《マルスとレア・シルウィア》1616-17年
油彩/カンヴァスウィーン、
リヒテンシュタイン侯爵家コレクション
©LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna
写真2:《ローマの慈愛(キモンとペロ)》 1612年頃
油彩/カンヴァス(板から移し替え)、
サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館
Photograph © The State Hermitage Museum, 2017

そんな肉体の魅力が遺憾なく発揮されるのは、やはり《ヘスペリデスの園のヘラクレス》のような逞しい壮年期の男性や、《マルスとレア・シルウィア》(写真1)の、剥きだしになったマルスの逞しい前腕部、あるいは男女を問わず太り肉(じし)の体型だったりするのだが、どっこいたるんだ皮膚の描写は、老年期の男性ヌードでも充分以上に有効だ。例えば《ローマの慈愛(キモンとペロ)》(写真2)の、乳を含むキモンの腋の下から胸にかけての皮膚の引き攣れや、屈めた腹に寄った横皺。思わず指でつまんで引っぱってみたくなる。《セネカの死》(写真3)の、加齢と重力によって下方に落ちた胸や、みぞおちから腹部にかけての皮膚のたるみ具合もすごい。壮年期の男性の、柔らかさと硬さと弾力を併せ持った肉体の魅力とはまた別の、老いた肌の魅力。

写真3:《セネカの死》1615 / 16年、
油彩/カンヴァスマドリード、プラド美術館
©Madrid, Museo Nacional del Prado

実際には、獄中で餓死しかけている老父や、血管を切り裂いて自殺途中の70近くの老人にしては、これらの肉体はいささか逞しすぎるのかも知れないが、まぁそれは私も人のことは言えない。私が男の肉体を描くときは、現実を美学によって翻訳/再構成して、自分の脳内男性美を画面に顕現させるのだが、ルーベンス大先生も同じことをなさっていたのだろうか。そんな想像を呼び起こすほどに、ルーベンスの描く肉体は私にとって魅力的なのだ。

icon写真:Mahican

田亀源五郎
(マンガ家/ゲイ・エロティック・アーティスト)
1964年生まれ。1986年からゲイ雑誌で作家活動を開始。代表作『銀の華』他。一般マンガ『弟の夫』で国の内外で様々な賞を受賞。パリ、ニューヨーク、ベルリン等で個展を多数開催。現在月刊アクションで『僕らの色彩』連載中。

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