バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #224 2010.1.25 O.A.

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日本人初!単独無酸素でエベレストへ
命知らずの登山家に密着(前編)
今、異色の登山家が注目を集めている。栗城史多、27歳。栗城は登山の様子を、自らの手で撮影しながら登る。そして、撮った映像を現地からインターネットで日本に配信。栗城が撮影しながら登る理由?それは、登山の魅力を広く伝えるため。栗城は登山を始めてわずか2年で北米最高峰マッキンリーの登頂に成功。その後も各大陸の最高峰を、半年に一つのペースで登り続けた。

そして昨年9月、栗城は前代未聞の挑戦を行った。目指すのは世界最高峰、標高8848mを誇るエベレスト。通常、エベレスト級の山を登るとき、登山家は酸素ボンベを持って登る。だが彼は、無酸素で、しかもたった一人の力で登ろうとしているのだ。単独無酸素でのエベレスト登頂を成功させたのは世界ではイタリアのメスナーただ一人。栗城が成功すれば、日本人初の快挙となる。

単独無酸素でのエベレスト登頂という挑戦の前に、栗城は同じヒマラヤにある8000m級の山をテスト的に、2年間で3つ登った。標高7500mを越えると、空気中の酸素は地上のわずか3分の1。この領域を登山家たちは死の地帯「デスゾーン」と呼ぶ。栗城は、この8000m級の3つの山を全て、酸素ボンベなし、しかも単独での登頂に成功。 栗城の強さを仲間の一人はこう表現する。「彼がすごいのは、体力とかじゃなく、諦めの悪さ」その原点は、父・敏雄さんにあった。

昨年8月22日、栗城は中国・チベット自治区に入った。9月2日、登山の出発地点である、ABCベースキャンプに到着。頂上までは標高差、2400m。今回の栗城の挑戦には、記録のため山の撮影専門のスタッフが同行。そしてもう一人、ABCから無線で栗城に指示を送る登山家もいる。大学の山岳部の先輩で、この挑戦をサポートするため、一緒にトレーニングを積んできた森下亮太郎。登山の進捗を冷静に判断し指示を送る森下は、栗城の挑戦の命運を握る重要な役割を担う。

9月22日、AM 6時30分。いよいよ、栗城の挑戦が始まった。ベースキャンプから山頂まで4日かけて登る。初日は予定通り、標高7000mにあるノースコルと呼ばれる北の稜線に到着。アタック2日目も、なんとか目的地7700mのキャンプ地に到着した。しかし3日目、事態は急変した。栗城に一体何があったのか?
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