バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #223 2010.1.18 O.A.

バックナンバー
山本聖子 決意の現役復帰
一児の母のオリンピック挑戦
妻となり、一児の母となった一人の女性が、再びマットの上に帰ってきた。オリンピックの夢に翻弄されてきた山本家の次女・山本聖子。彼女が正式に現役復帰を発表したのは、引退から3年がたった昨年の1月のことだった。

アテネ五輪で初の正式種目となった女子レスリング。当時23歳の聖子は、その代表の切符獲得を狙っていた。従来7つある階級のうち、オリンピックで実施されるのは、わずか4階級。彼女が世界女王だった59kg級は不採用となったため、55kg級で代表を争うことになった聖子。しかし、その階級には、世界2連覇中の吉田沙保里がいた。2004年2月、聖子はアテネオリンピック代表選考試合決勝で吉田と対戦し、敗退。オリンピック金メダルの夢は破れ、予選から2年後、25歳で現役を引退した。

引退後、聖子はハンドボール日本代表の永島英明さんと結婚。その後、長男の匠瑛くんを出産した。育児とアスリートの夫を支える毎日…。レスリングとはかけ離れた生活を送っていた。そんな聖子の生活を一変させたのが、引退から2年後の北京五輪。女子レスリングのラジオ解説者として初めてオリンピック会場を訪れ、その雰囲気を生で感じた聖子。その心には、抑えることの出来ない、ある強い感情が沸きあがっていた。
“またレスリングがしたい。オリンピックのマットに立ちたい” 

2009年12月、聖子にとって現役復帰後、初めての大きな大会となる全日本レスリング選手権が行われた。聖子は、かつての55kg級から2つ階級を上げ、63kg級でエントリー。しかし、この階級には吉田沙保里にかわる、新たなライバルが存在していた。それは聖子が、出ることすら果たせなかったオリンピックで2大会連続金メダルの伊調馨。聖子は、この伊調を倒さねば、ロンドンへの道は見えてこない。そして迎えた大会当日。ライバル伊調馨との試合は、壮絶な名勝負となった…。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2024, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.