前回のオンエア:バース・デイ

LAST ON AIR #643 2018.11.10 O.A.

前回のオンエア
優勝して赤門前をパレードしたい!東大野球部監督・浜田一志の大改革
東京六大学リーグで長年弱小チームと呼ばれ、1勝するだけでニュースとなる大学がある。東京大学野球部だ。しかし2017年、エース・宮代康平が13年ぶりにプロ野球からドラフト指名を受けるなど明るい兆しが見える。その背景には、ある男の並外れた情熱があった。東京大学野球部監督・浜田一志(54)。しかし、野球エリート揃いの東京六大学で勝つのは、並大抵のことではない。対戦する相手は、多くの甲子園出場実績を誇る野球エリート集団。そこで浜田が始めたのは常識破りのスカウト活動だった。野球と学力の両方を兼ね備えた逸材を探し求め、全国を駆け巡る。東大野球部に人生を捧げる男の熱き戦いの日々を追った。
東大のシンボル・赤門のそばに野球部のグラウンドがある。日々、総勢100名ほどの部員が白球を追い続けている。その中に甲子園に出たものは1人もいない。それでも野球エリートが集まる六大学のライバルに負けまいと必死で練習に取り組んでいる。
2018年8月、グラウンドに全国から集まった高校球児の姿があった。東大にどれだけ野球に打ち込める環境があるかを高校生に感じてもらおうと練習体験会を開いたのだ。参加者は、高校1年生から浪人生まで。偏差値70台の進学校だけでなく、野球強豪校の生徒もいる。練習体験会は2時間ほどで終了。しかし、浜田のスカウト活動はここからが本番だ。なんと受験対策を熱弁し始めた。東大にはスポーツ推薦の制度がない。部員を獲得するには、まず日本一難関と言われる入学試験を自らの力で突破してもらわねばならないのだ。
浜田は現在、自宅よりも東大近くにある野球部の寮で過ごす時間が長い。選手と同じ6畳一間に簡易ベッドが1つあるだけの監督室で過ごす。しかも報酬は一切無い。なぜ、こうまで野球に打ち込むのか?浜田は高知県・土佐高校の出身。甲子園出場経験もある文武両道の名門高校だ。しかし、浜田がいた3年間は強豪校に阻まれ甲子園には出場することが出来なかった。そこで目指したのが六大学リーグで早稲田や慶応などの名門校と対戦できる東大だった。しかし、3年夏の模試では偏差値38のE判定。それでも東大野球部に入りたい一心で猛勉強を重ね、見事に現役合格を果たしたのだ。力強いバッティングと俊足を武器に1年の時からレギュラーを獲得した浜田は、3年生ではクリーンナップを任され、東大のシーズンホームラン記録も塗り替えた。しかしその一方で、キャプテンを務めた4年生シーズンは屈辱の20連敗、1勝も出来なかった。野球の道を諦め、24歳で鉄鋼の大手・新日鐵に就職。研究者として将来を嘱望されていた。しかし、31歳になった時、埋もれていた野球への未練が抑えきれなくなった。会社を辞め、学習塾の経営を始めた浜田は、指導者としての経験を積んだ。そしていよいよ野球の現場へ。43歳で母校・東大野球部のスカウトに就任。私立大学に対抗するため、常識破りのスカウト活動に打って出た。それは、甲子園の県予選で敗れ引退した高校球児を一同に集め、東大受験を突破するための勉強合宿。野球をモチベーションに1日12時間以上の勉強を課し、実際に入試を突破した現役野球部員にも経験談を伝えてもらった。こうした活動により、野球部の入部者が増え、選手のレベルも上昇。プロ野球選手になった宮代もこの活動に参加したことがきっかけだった。すると2013年、実績を評価された浜田は監督に就任。3年目には連敗を94でストップ、5年目には強豪・法政大学から勝ち点をもぎ取る快挙を成し遂げた。
2018年10月30日、シーズンが終わり浜田はある資料に目を通していた。東大受験を予定している高校球児のリスト。受験=入部とならないのが東大野球部の辛いところだ。そんな中、浜田は更に先を見据え、新たな一手を打っていた。甲子園常連高に出向き、有望な2年生に東大野球部のアピールを行う直談判だ。果たして浜田の思いは伝わったのか。
東大野球部を強くしたい。誰よりも熱く願う監督・浜田一志。胸の中にある思いはただ1つ。東大の優勝だ。
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