前回のオンエア:バース・デイ

LAST ON AIR #699 2020.1.18 O.A.

前回のオンエア
プロ2年で戦力外 父に背を押されプロ復帰を目指す長谷川潤に密着
戦力外通告を受けた男たちの生き残りをかけた戦い。2019年11月に行われた12球団合同トライアウトに挑んだのは43人。元巨人の長谷川潤(28)もその一人だ。長谷川潤の野球人生は、野球エリートとは程遠いものだった。若い頃から、南海ホークスのファンで、野球好きだった父がコーチをしていたリトルリーグで小学2年生から野球を始めた。父は、いつも補欠だった息子に「好きなことをとことんやりなさい」と言葉をかけ続けた。息子・潤は、その後も強豪校には進めなかったが挫けず野球を続けた。大学4年の時、それまでの努力が一気に報われた。北陸大学リーグでノーヒットノーランを達成したのだ。長谷川は、それを機に『プロ野球選手』になると決意を固め独立リーグに入団しNPBからの指名を待った。迎えた2015年のドラフト会議。開始から3時間半が過ぎ、今年もダメかと諦めかけた時に全体最後116人目として名前が呼ばれた。巨人に育成選手として入団、すぐに1軍で先発デビューを果たし好投、将来の先発候補として期待が寄せられた。だがシーズン後に右肘骨挫傷を破傷、2016年5月に復帰はしたものの思うような結果が残せなかった。球団からの戦力外通告、プロ野球生活わずか2年だった。
2017年から巨人の打撃投手に転身、それなりの収入を得ることが出来た。しかし、長谷川の心は満たされてはいなかった「もう一度、試合のマウンドで投げたい」自ら退団して再び独立リーグに身を投じた。絶対にプロ野球に復帰するという思いで年収50万円・家賃5万円のアパートでの一人暮らしの選択だった。夢を追い続ける息子の思いを“後悔だけはするな”と支えた。コントロールを武器にトライアウトでプロ野球復帰を目指す長谷川。そんな長谷川には、プロ野球選手に戻りもう一度、やりたいことがあった。2015年にプロ指名を受けた時に父としたキャッチボールだ。そんな思いを胸に長谷川はトライアウト会場に向かった。先頭打者に対しフルカウントから三振に切って取る。そのころ父は東京で仕事の手を休めテレビに見入っていた。緊張の中、対戦した3人の打者を自慢のコントロールで打ち取り、今回の挑戦を終えた。金沢の自宅に戻った長谷川のもとに1本の電話が入った。相手は、トライアウトでの投球を、テレビの前で見守った父だった。翌日からスポーツ新聞の隅まで読み、各球団の動向をチェックする日々を送る。トライアウトから3日後、長谷川はある思いを胸に、父のいる東京へ向かった。野球を諦めると父に伝えるつもりだった。そんな息子に「いつもギリギリの野球人生だったじゃないか。もう少し待とう」と提案。父子で希望の連絡が入ることを待つ日が続く。だが、どこからも、連絡はこなかった。長谷川は、心を決めた。引退を決めたこの日、プロ野球選手になってやりたかった父とのキャッチボール。息子は、感謝の気持ちをボールに込めた。長谷川の野球人生20年の思いが込められた一球だった。プロ復帰という夢は叶わなかったが、悔いはないという。父の言葉“好きなことをとことんやりなさい”を実践するために、改めて野球指導者の道を目指すと決めた長谷川潤(28)。そんな彼を心から応援したい。
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