前回のオンエア:バース・デイ

LAST ON AIR #733 2020.9.19 O.A.

前回のオンエア
ボクシング元世界王者・川嶋勝重 年上妻の支えで驚きの転身
2004年、WBC世界スーパーフライ級のタイトルマッチでボクシング界に衝撃が走った。8度防衛中の絶対王者・徳山昌守を破り、新チャンピオンとなった川嶋勝重。この勝利には2つの偉業があった。1つは、試合開始わずか107秒でタイトルを奪取した事。そして、もう1つは、川嶋がアマチュア経験ゼロで、21歳からボクシングを始めた“叩き上げの世界チャンピオン”だということ。世界チャンピオンになるボクサーは10代からアマチュアで実績を積んだ選手が多く、川嶋のように20歳を超えてからボクシングを始めて世界チャンピオンになる事は極めて異例だった。パンチ力があり、激しく打ち合う試合が多い川嶋は、ボクシングファンを魅了した人気ボクサーだった。命がけの現役時代を支えていたのは、6歳年上の妻・環さん。試合が近づくと2人で減量した。川嶋の人生は環さんの存在なしでは、決して語れないものだった。環さんと川嶋が出会ったのは、川嶋が所属する横浜の大橋ボクシングジムに、ダイエット目的で環さんが通い始めたとき。当時28歳の環さんは、1人黙々と練習を続ける6歳下、22歳の川嶋に興味を持った。聞けば、彼は、高校卒業後、地元千葉県の電気メーカーの子会社で働いていた。入社2年目、プロボクサーの友人が出場する試合を見に行くと、パンチの音、飛び散る汗、リング上で戦う友の姿に衝撃を受けたという。すると、彼はこれまで全く経験のないボクシングでプロを目指そうと、21歳の時、バック1つで横浜へと向かい、ボクシングジムに入会。生活のため、朝10時から夜7時までアルバイト、夜8時から必死に練習した。そして、1年半後のデビュー戦で、見事KO勝利を飾り、ジムで将来有望な選手へと成長。環さんは、そんな川嶋に心惹かれていた。実はこの時、環さんにも夢があった。ジュエリーデザイナーを目指し、生まれ育った名古屋から横浜に来て、宝飾店で下積み修行をしていた。出会いから3年が経った2000年。お互いの夢に向かって頑張ろうと、環さんから告白し、交際がスタート。しかしこの時、川嶋は将来に悩んでいた。川嶋はアマチュアエリートボクサーに追いつこうと、これまで必死にやってきた。しかし、どれだけ頑張っても日本タイトルマッチのチャンスは巡ってこない。将来の不安から弱音をはく川嶋を、環さんは励まし続けた。一方、環さんは交際から1年が経った32歳の時に、夢を叶え、東京・自由が丘にジュエリーショップをオープン。仕事をしながら川嶋を支えられればと同棲を始めた。そして、プロデビューから5年。川嶋はついに23戦目にして日本チャンピオンに。さらに、ついに世界タイトルマッチも決定した。デビューから6年かけてようやく掴んだビッグチャンス。川嶋は全力をかけて勝ちにいくと環さんに誓い、試合に挑んだ。しかし、初の世界挑戦は判定負けに終わった。それでも川嶋は世界チャンピオンへの手応えを感じていた。“世界の頂点は見えた”1年後、チャンピオン徳山との再戦が決定した。そして2度目の挑戦前、環さんは心にためてきた、ある強い思いを川嶋へ伝えた。“世界戦当日、試合前に婚姻届けを出す”環さんは婚姻届けを出すことで、「絶対に勝って欲しい」という強い想いを川嶋へ伝えたのだ。2004年6月28日、2人は夫婦になり夢を叶えるためのリングへ向かった。そして、試合開始からわずか107秒後…KO勝利で川嶋は新チャンピオンとなった。その後2度防衛を重ねた川嶋は、3度目の防衛戦で、徳山に敗れ王座から陥落。33歳の時に再起をかけた世界挑戦に敗れ引退を発表した。引退後、第二の人生として川嶋は、妻・環さんのお店で、ジュエリー職人の道を歩んでいた。川嶋は妻に弟子入りし、修行を始めた。ボクシングと同様、34歳からと遅いスタートとなったが、その集中力で、半年が経つと指輪を作れるようにまで成長。そして、今では川嶋が作るボクシングをモチーフとしたネックレスも人気商品の1つとなった。ボクシングファンに伝説のチャンピオンとして語られる川嶋勝重。
彼は、もしかすると、どんなジュエリーより輝きを放つ、年上妻の、自信の作品なのかもしれない。
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