バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #171 2008.10.30 O.A.

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日本一奪回を目指す巨人の救世主 山口鉄也 〜前編〜
今年、原監督がシーズンを通して絶大な信頼を置いていた男、山口鉄也、24歳。幼い頃からプロ野球選手になることが夢だった山口は、名門の横浜商業高校でエースとして活躍。しかし甲子園には一度も行けず、プロからの誘いはなかった。そんな中、メジャーリーグのダイヤモンド・バックスのスカウトが山口に興味を示す。入団テストに合格した山口は、最も下のルーキーリーグからのスタートだったが、アメリカンドリームに夢を膨らませた。

しかし現実は厳しかった。4年間近く在籍したが、メジャーどころか1Aにさえ上がれない。そこで、山口は決心する。“もう一度、日本のプロ野球に挑戦しよう。それでダメなら野球を諦めよう”と。2005年、横浜と楽天の入団テストを受けるが、いずれも不合格。最後に受けた巨人のテストで、山口に可能性を感じ、原監督に獲得を薦めたのは、吉村偵章2軍監督。その年の12月、巨人 新入団選手の発表の場に、山口の姿があった。

背番号100番台、いわゆる育成選手として入団した山口だったが、必死で練習を積み重ねた努力が実を結び、2年目には99番、そして今年に入ってから原監督の進言でかつて左のエース工藤が付けていた47番になった。今やチームになくてはならない中継ぎの柱へと山口は成長していた。

10月8日、勝てば巨人が単独首位に立つ阪神戦。6回表、シーズン最大の山場でマウンドを託された山口は、2イニングスを完璧に抑え、阪神の息の根を止めた。そして迎えたクライマックスシリーズ第3戦。原監督は、9回裏でクルーンを引っ込め、ここ一番のために温存していた山口を投入。延長戦の末、巨人は勝ちに等しい引き分けで日本シリーズ進出に王手をかけた。プロに入って最長の3イニングを投げきった山口がチームの危機を救ったのだ。

そして6年ぶりの日本シリーズ進出を果たした巨人。月給10万円からスタートした男が、最高の檜舞台に立つ。その激闘は後編で放送!
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