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BACK NUMBER #694 2019.11.30 O.A.

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プロ契約を勝ち取れ ユース選手最終年の熾烈な戦いに密着
2019年のJリーグも現在、優勝争いが佳境に差し掛かっている。そんな戦いの場に立っている日本のプロサッカー選手はおよそ1500人。競技人口86万人の内、僅か0.2%にも満たないのだ。野球と同様に、高校でのサッカー活動での活躍を経てプロを目指す選手も多いが、野球にはない各チーム自前のユース組織からの選手が増えている。
Jリーグの名門チーム・ガンバ大阪の育成組織は最高峰と称されている。監督を務める宮本恒靖もガンバユースから日本代表キャプテンまで昇り詰め、ワールドカップで戦った男だ。ジュニアと呼ばれる小学生以下のチームに1000人を越える少年たちが所属。その上の中学生のジュニアユースには300人、早くもこの段階で700人が振るいに掛けられる。育成最後のユースに所属するのは40人前後という厳しい戦い。ここまで昇格するのも至難だが、最終的にプロ契約を勝ち取れるのは更に一人か二人という。その所属最終年は高校3年、今年15人の選手がいた。
ユースの練習グラウンドで汗を流す川﨑修平(18)。彼も2019年、プロ契約を勝ち取らなければガンバ大阪を去らなければならない。地元・大阪で生まれた川﨑は、3歳でサッカーと出会い、父と毎日ボールを蹴り続けた。実家には少年時代に獲得したトロフィーなどと共に、彼の活躍が収められた多くのビデオが残されていた。ジュニアユースに進んだ川﨑に大きな壁が待ち受けていた。全国から集まった自分を超える少年たちがいたのだ。試合に出ることが出来ずにベンチを温める日々が続き心折れる日もあったという。しかし、川﨑は諦めなかった。自分の武器であるパスを更に磨き上げ、ユース昇格を果たした。
子供の頃から各世代でゴールを量産してきた塚元大(18)。昼は工場、夜は宅配会社と仕事を掛け持ちして彼を支えたのは母だった。そんな母のためにも塚元はプロへの道を強く意識したという。ユースに昇格した塚元は、ここでもゴールを量産し活躍を見せた。しかし、高校2年の夏、突然の悪夢が襲い掛かった。股関節に痛みが走る病を発症したのだ。半年以上のリハビリ、2019年に入りようやくボールが蹴れる状態になった。実戦復帰した塚元、6月に入りブランク明けと思えぬ活躍を見せた。塚元は頑張りを見せなければならない大きな訳があった。ユース最終年となる高校3年生は、例年、6月頃から10月頃までに順次クラブと面談が持たれ進路が決まる。クラブから厳しい判断が下される時なのだ。9月末までに、すでに13人には、プロ契約を結ばないという厳しい判断が告げられていた。その多くの選手は大学進学を目指すという。10月に入り、塚元にチームの強化部長との面談の日が訪れた。股関節を痛め長いブランクがある塚元をチームはどう評価するのか。面談が始まってから30分、部屋から塚元が出て来た「昇格、プロ契約という話がありました」最後の一人となった川﨑にも、夢だったプロ契約が告げられた。
早くもトップのBチームで試合に出場する二人、更なる高みを目指す熾烈な戦いに終わりはない。これからの彼らサッカー人生を注目したい。
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