バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #664 2019.4.13 O.A.

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歩行困難の息子と、彼を支えた家族の絆…世界チャンピオン田中恒成
いま、ボクシングファンを魅了する一人の男がいる。壮絶な戦いを、一歩も引くことなく打ち合う壮絶なファイター田中恒成23歳だ。2013年に18歳でプロ入り、開始1分過ぎにダウンを奪うなど圧勝でデビュー戦を飾った。その後、2016年には僅かプロ8戦目、日本最速タイの記録で世界2階級制覇を成し遂げる。最強王者を目指す田中は、更に階級を上げ、世界最速タイとなる12戦目で見事に3階級制覇を達成した。そんな田中だが、今では想像がつかぬほどの大きな試練に襲われた少年時代があった。
田中は、3歳の時から空手に熱中する活発な少年だった。6歳の時、そんな生活が一変する。空手の試合中に突然に足が動かなくなった。診断を受け告げられた病名は『ペルテス病』。それは股関節に血流障害が起こり、大腿骨の骨頭が壊死する病だ。これにより田中は右足の自由を奪われてしまった。同じ病で苦しんだ経験があった父・斉さんは、悩んだ末に、恒成に可能な限りこれまでと同じ生活をさせるという決断を下す。ハンデを跳ね返して逞しく育ってほしいとの思いだった。小学校では松葉杖を使って50メートル走に出場するなど、田中自身も前向きに病と向き合った。だが田中を苦しめたのはイジメだった。しかしイジメを受けても決してやり返さなかった田中。「絶対に人には手を出すな」ハンデを抱えてもなお両親の言いつけを、懸命に守り続けていたのだ。そんな息子を、「この先何があっても守り抜く。」改めて両親は心に誓った。
完治から3年、田中はボクシングと出会う。空手の練習の一環で始めたボクシングだったが、その魅力に魅了され本格的に転向することとなる。その結果、田中が持つ才能が一気に開花した。高校進学後、4つのタイトルを獲得するなどの活躍。息子がプロに進むと決めた時、ボクシング経験の無かった父は、45歳で工場に勤めながらトレーナーの資格を取得する。プロ転向後は車で1時間半をかけ名古屋にジムに通い、息子の練習に付き添った。そんな田中親子の戦いはボクシング界に旋風を巻き起こしていく。19歳で世界チャンピオン、8戦目に日本最速タイで2階級制覇を達成などまさに順風満帆なキャリアだ。しかし、そんな田中にまたしても大きな苦難が襲い掛かった。2階級王者として臨んだ防衛戦。試合後に田中は激しい頭痛と吐き気を訴え、試合会場から緊急搬送。診断は『眼窩底骨折』2か月の安静が必要と告げられた。ボクサー人生の危機だった「自分がケガを見抜いていれば」と自分を責めた父は、仕事を辞めトレーナーに専念することにした。家計は母がパートを増やすことで工面、まさに家族一丸での田中のボクシングの再スタートだった。絶対王者を目指す田中は、一人倒さねばならない選手がいた。7度の防衛記録を持ち、王者復帰を狙う田口良一だ。2019年3月、決戦の日。父がセコンドに付き、客席には兄弟、母が駆け付けたチーム田中の戦いだ。互いにプライドを賭け、序盤から激しい打ち合いでのチャンピオン防衛。家族にささえられ、幾多の困難を乗り越えてきた田中恒成23歳。これからも、最強王者を目指す戦いは続く。
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