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BACK NUMBER #612 2018.3.31 O.A.

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崖っぷちから復活 斎藤佑樹プロ8年目のスタートに独占密着
メジャーリーグで活躍する田中将大・前田健太など野球人として充実期を迎えた世代。しかし一方で、同じく夢を抱きプロ入りした選手の半数以上がプロ野球界を去った。そんな厳しい現実は「ハンカチ世代」と呼ばせた男・斎藤佑樹(29)にも迫っている。
12年前の2006年、斎藤は丹精なルックスに流れる汗をハンカチで拭う姿で女性たちを虜にすると、彼の行くところには常にファンが押しかける熱狂ぶり。斎藤も笑顔で応えた。その後、早稲田大学に進学すると、エースとして数々の優勝に貢献。甲子園で巻き起こした「ハンカチ王子」フィーバーをそのまま大学野球に持ち込み、いつしか野球選手の枠を越える存在となった。そして鳴り物入りのドラフト1位で北海道日本ハムに入団。異例の単独会見が行われ、エースの証、背番号18が与えられた。プロになっても高校・大学から続く特別な存在感は強まるばかりで、1年目は6勝を挙げ、翌年の2013年には開幕投手に選ばれた。しかし、その責任は斎藤にとってあまりにも重すぎた。それ以降、結果が残せなくなった斎藤は、5年間でわずか4勝しかしていない。斎藤にいったい何があったのか?
開幕投手を無事務め終えたプロ2年目の8月、野球人生で初めて肩に違和感を感じた。しかし「開幕投手が離脱するわけにはいかない」と斎藤は投げ続けた。だがこれが最悪の事態を引き起こす。日本シリーズで右肩に激痛が走った。右肩関節唇損傷。これは、肩を酷使する投手に起きやすいケガで完治は難しく、これまで多くの名投手もこのケガで引退に追いやられた。野球を諦めなくてはならないのか?そんな思いにかられた斎藤が取り組んだのは、肩の痛みが出ないピッチングフォームへ改造することあった。すると痛みは消えた。だがその代償は大きかった。140キロ代後半のストレートが130キロ代に減速。打ち込まれるようになり、かつての甲子園のヒーローに厳しい声が上がり始めた。
2016年、斎藤は自ら背番号の返上を申し出た。球団が新たに用意した背番号は「1」。復活を期待してのことだった。そして2017年5月には、打たせて取るピッチングを見せ好投。623日ぶりの勝ち星をあげた。すると気持ちにも変化が現れた。これまで目を背けてきた大学時代の映像を繰り返し見るようになった。それは、今の自分を受け入れつつ、過去の輝いていた自分から何かヒントを得られるのではないかという思いからだった。土俵際の2018年シーズンへ新たな戦いを始めた。
2018年1月、斎藤のグアムでの自主トレに密着した。最も重視したのは痛めた右肩周りの筋肉の強化。肩の可動域を広げ、ボールにキレを増すのが狙いだ。そして2月、春季キャンプを1軍で迎えた。今シーズンの北海道日本ハムの最大の課題は、先発投手陣の整備。大谷翔平が抜け、去年の開幕投手・有原航平がケガで離脱。栗山監督の斎藤への期待は高まっていた。そして、本拠地・札幌ドームでのオープン戦初戦、斎藤は2番手でマウンドに上がった。しかしこの日は、生命線であるコントロールがばらつき、甘いボールを狙われ簡単に失点。その後も修正できず、厳しい結果となった。試合後、2軍での再調整が言い渡された。
3月、斎藤はあの夏の甲子園で優勝した早稲田実業のメンバーと会っていた。昔からの仲間が斎藤の活躍を願い、決起集会を開いたのだ。その中でただ1人のプロ野球選手。彼の成績はみんなチェックしている。そして、今の斎藤へ仲間たちが思いを語る。その言葉は長く付き合っている仲間だからこそ言える言葉。斎藤の心に染み渡るものだった。
そして開幕5日前。斎藤は1軍での先発ローテーション入りをかけテスト登板に挑んだ。しかし、味方のエラーなどもあり、猛アピールとはいかなかった。
まだ今シーズンは始まったばかり。野球人生を賭け、新たな挑戦を始めた斎藤佑樹が、もう1度輝く日は必ずくる。そう信じている。
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