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BACK NUMBER #611 2018.3.24 O.A.

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K−1復活を担った男・武尊 三階級制覇の舞台裏に密着
かつてテレビのゴールデンタイムで驚異の視聴率を獲得するなど、格闘技界で頂点を極めた「K−1」だったが2011年に突然の活動停止。もう一度その人気を取り戻すと心に誓った1人の若者がいる。当時K−1リングに夢見た少年、武尊(26)。
鳥取県米子市に生まれた武尊は、テレビで見たK−1選手アンディ・フグに憧れ、8歳の頃に空手を始めた。その2年後の2002年、1人の男の登場に心奪われる。当時、中量級でスター選手へと駆け上がっていた魔裟斗。どんな強敵にも真っ向から立ち向かい、叩きのめす『魔裟斗のようになりたい』とK−1選手になることを決意。2010年、高校を卒業すると単身上京し、K−1ジムに入門した。デビューを目指し、死に物狂いでトレーニングを積み重ねた。しかしその1年後、思いも寄らない事態が巻き起こる。2011年、約35億円もの負債を抱えK−1が活動休止に。それは、当時19歳だった武尊にとって、未来を根こそぎ奪われたのと同じだった。しかし、思いを断ち切ることは出来なかった。目標もないままトレーニングを続け、居酒屋でアルバイト。家賃3万円代の6畳一間のアパートで暮らした。そんな悔しさの中でK−1復活を信じ、他の団体の試合に出場。2年の月日をかけてその団体のチャンピオンになった。そんな時、吉報が。2014年、「新生K−1」が旗揚げ。夢を奪われ、砂を噛みしめる思いで過ごした4年の月日の果て、ようやく実現したK−1デビュー戦。武尊は全ての思いを拳に込め戦い、衝撃的なKO勝利を挙げた。
そして翌年2015年には、55キロ、スーパーバンタム級で世界王者に。さらに2016年には、階級を1つ上げ、57.5キロ、フェザー級王者に。2階級制覇を達成した。武尊のこの活躍は、新生K−1に勢いをもたらした。他の日本人選手にも世界王者が続出、全盛期には及ばないものの観客も8000人を超えるようになった。しかし、武尊の目標はまだ先にあった。K−1史上初の偉業、3階級制覇。60キロ、スーパーフェザー級への挑戦。そのためには、さらに筋肉量を増やし、体を一回り大きくしなければならない。しかも、その上でパンチ・キックのスピードを落とさない、これまで以上のハードトレーニングが必要だった。
武尊が現在住んでいる部屋は都内の家賃25万円のマンション。アルバイト生活をしていた頃に比べれば、生活は段違いに豊かになった。しかし、ストイックさは昔以上だ。基本的に毎日自炊。脂肪を増やさず、筋肉で体を大きくするためのメニュー。生活の全てにおいてK−1の事を第一に考えているという。
2018年3月21日、新生K−1史上最大のビッグマッチ。観客は、新生K−1史上最高の1万5000人。その多くの視線が三階級制覇に挑む武尊に注がれていた。この日はトーナメント戦。勝ち続けなければ三階級制覇は出来ない。初戦、世界王者をKOで倒したこともあるギリシャの剛腕ファイター。厳しい戦いが予想されたが、壮絶な打ち合いで武尊が勝利。3時間後の2回戦では日本人対決。圧倒的な強さ見せノックアウト。階級を上げても、KO勝ち出来ることを証明した。三階級制覇へあと1勝。武尊がこの日のメインイベントとして入場する。対する相手は、武尊よりも背が高くリーチも長い小宮山工介。武尊が苦手とするスタイルの格闘家だ。試合は激闘となった。最終ラウンドまでもつれこみ、KOを狙い、リスク覚悟で一気に前に出る。すると、小宮山がダウン。この瞬間、武尊は三階級制覇を達成した。55キロ級から60キロ級まで階級を上げ、1日3試合という過酷な戦いを勝ち抜き、武尊はK−1史上初の快挙を成し遂げた。
幼き日の目標を一度は失いながらも、夢は諦めなかった武尊(26)。三階級制覇という偉業は輝かしき未来への始まりに過ぎないのかもしれない。
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