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BACK NUMBER #589 2017.10.7 O.A.

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世界陸上400mリレー・アンカー藤光謙司 奇跡の大逆転物語
2017年8月に行われた世界陸上。その男子400mリレー決勝で、日本は窮地に立っていた。活躍を期待されていたサニブラウンがケガで離脱。さらにアンカーを務めるはずだったケンブリッジも不調のためメンバー外に。そんな日本に救世主として現れたのが、ずっと補欠だったこの男。藤光謙司(31)。実は藤光がアンカーに抜擢されたのは、なんと決勝のわずか5時間前だった。突然の交代劇はメンバー内にも動揺が。決勝のアンカーを補欠の藤光に託す。それは日本代表コーチ・刈部俊二が下した決断だった。その裏にはいったい何が。今初めて明かされる世界陸上・男子リレー、メダル獲得の舞台裏。補欠だった男が見せた激走。その奇跡の走りを支えたのは屈辱に耐えてきた陸上人生だった。
2008年の北京五輪で、史上初の銀メダルを獲得した日本男子リレー。しかし、これ以降は長い冬の時代を迎える。藤光はそんな苦しい時代のメンバーだった。世界陸上に3度出場するも、メダルを手にすることはできなかった。日本男子リレーに光が差し込んだのは2015年5月。リレーのメンバーに、100m10秒01の記録を持つ桐生が加入。世界のトップクラスが集うこの大会は3位以内で2016年のリオ五輪出場が決まる。2走の藤光は、3位でバトンを受け3走・桐生へ。日本は見事3位に食い込み、リオ五輪の出場権を手にした。しかし、この大会からリオ五輪までのわずか1年間で日本短距離界は群雄割拠の時代を迎える。3人の若い選手が10秒00に迫る好タイムを次々叩き出したのだ。更に当時高校生だったサニブラウンが、世界ユース選手権でボルトの記録を破り優勝。台頭する年下の選手たちに男子リレーを支え続けた藤光はリオ五輪、補欠に押し出された。そして日本はリオで8年ぶりに銀メダルを獲得。このとき藤光は補欠。長年日本のリレーを支えてきながらメダル獲得の舞台に立つことが出来なかった。リオから1年がたった2017年8月。われわれは藤光のもとを訪れた。飾られていたのは、自分がいない栄光の写真。藤光は練習する前、敢えてこの写真と対峙するという。しかし、リオ五輪から1年が経っても状況は変わらなかった。
2017年の世界陸上。代表には選ばれたがまたも補欠。胸のうちは複雑だった。31歳、第一線で走れる時間はそう長くはない。しかしここで思わぬ事態が待っていた。活躍が期待されていたサニブラウンが右太ももを負傷。まさかの戦線離脱。これを受け、スタートが得意な多田が1走に。残るメンバーは飯塚、桐生、そしてケンブリッジとリオ五輪の時と同じ布陣になった。午前11時、男子400mリレーの予選が始まった。メダル獲得には、まずこの組で3位までに入り、決勝に駒を進めなければならない。この時藤光は、スタンドにいた。しかし、日本のお家芸バトンパスで思わぬミスが。アンカー、ケンブリッジのスタートがわずかに遅れ、その結果、桐生が出すバトンを一発で受け取れず、タイムロスが生まれた。日本は、決勝進出こそ決めたもののタイムは全体6位の38秒21。このままでは、メダルは取れない。するとコーチの苅部は、すぐに問題点の洗い出しにかかった。決勝は、この日の午後10時スタート。残り11時間で打開策を見つけなくてはならなかった。ケンブリッジのスタート遅れによるバトンミス。それがどうしても気になった。このまま、同じメンバーで決勝に挑んでいいものか?その時思い浮かんだのが、補欠の藤光の存在だった。8年前から世界陸上に3度出場した藤光は、これまでバトンパスでミスしたことが1度もない、信頼できる選手だった。しかし決断する刈部には、大きな覚悟が必要だった。いきなりアンカーを降ろされるケンブリッジの将来への影響。メンバーの精神的な不安。決勝は刻一刻と迫っていた。そして4時間にもわたり悩み抜き藤光をアンカーにすることを決断した。しかしこの決断には大きなリスクがあった。補欠の藤光は、この大会でまだ1度も走っていない。ただでさえプレッシャーがかかるアンカーをぶっつけ本番で走れるのか?苅部コーチは藤光を呼び出し、話し合いを重ねた。そして、決勝のわずか5時間前、苅部はアンカーを藤光に変えた。2走の飯塚は驚きを隠せなかった。だが藤光は、突然の指名にも関わらず、自信に満ちた表情で引き受けた。そこには長年日本のリレーを引っ張ってきたプライドとリオの悔しさを晴らしたいという思いがあった。そしてこの時のために地道な準備を積み重ねてきた。土壇場の交代だったため、藤光と前を走る桐生のバトン練習が出来たのは決勝の1時間前。そんな切羽詰まった状況にも関わらず、藤光は冷静だった。練習で桐生の調子がいいと感じた藤光は、ある賭けに出る。それは走り出すタイミングの変更。レース前、バトンを受ける走者は、自分の足のサイズで距離を測り、走り出す場所を決める。その目印としてコースにテープを貼りつける。バトンを受ける走者は、この目印をきっかけに走り出す。藤光はこの走り出す目印を、遠くにすることを桐生に伝えたのだ。走り出すタイミングを早める。それはハイリスク・ハイターンな挑戦だった。バトンの受け渡しが出来る場所は限られている。走るタイミングを早めれば、助走距離が長くなりスピードに乗った状態でバトンを受けられる。しかし、距離を伸ばした分だけ、バトンが届かず受け渡せなくなるリスクも大きくなってしまう。事実、走り出す距離を伸ばした結果、テイクオーバーゾーンを越え、失格するチームも少なくない。それでも藤光は、走り出しのタイミングを足1足分、26.5cm伸ばそうと考えた。北京の銅メダリスト、高平慎士は、決勝で走るタイミングを変えるのは、互いの信頼関係が必須だという。そして迎えた400mリレー決勝。補欠に回った2人が見守る前で、アンカーを走る藤光。運命の号砲が鳴った。1走の多田から飯塚へ。2走の飯塚から3走の桐生へ。そしていよいよアンカー・藤光へバトンが渡る。足1足分伸ばした目印に桐生の足が差しかかると藤光が思い切りよく飛び出した。そして最高の形でバトンパスに成功。ぶっつけ本番でアンカーの重責を果たした。藤光の提案が功を奏し、予選のタイムから0秒17縮め、日本は銅メダルを獲得。レース後、藤光が真先に口にしたのは、決勝で走ることの出来なかった2人のことだった。補欠の悔しさを誰よりも知る藤光は、決勝メンバーと共に補欠2人のもとへ。6人で集合写真を撮影した。
かつて日本のリレーを支えながら補欠として、その時を待ち続けた藤光謙司(31)。彼こそ今年最強の奇跡の男なのかもしれない。
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