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BACK NUMBER #577 2017.7.1 O.A.

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陸上・日本最速を決める戦いの舞台裏
2017年6月25日、大阪で行われた陸上日本選手権。男子100m決勝が近づくに連れ雨足が強まり、2万人が詰めかけたスタジアムは、異様な緊張感に包まれていた。自己ベスト10秒0台が5人も並ぶ、超ハイレベルな戦い。誰もが日本人初の9秒台を狙っていた。現役日本最速10秒01の記録を持つ桐生祥秀(21)。高校時代から日本短距離界を牽引し、去年のリオ五輪のリレーでは、第3走者として激走。日本を銀メダルに導いた。肉体改造で、体重を2kg増やし臨んだ2017年シーズンは、3レース連続で10秒0台をマークするなど、日本選手権を前に万全の仕上がりを見せていた。2大会連続、五輪で準決勝進出を果たすなど、抜群の安定感を誇る山縣亮太(25)。その最大の武器は、スタート。2016年のリオ五輪準決勝では、9秒台の選手がひしめく中、山縣は全選手最高のリアクションタイムをマークした。しかし今シーズンは、足首のケガで2か月間戦線を離脱。故障明けの不安を抱えながら、この日本選手権では、しっかりと決勝の舞台に駒を進めた。2016年の日本選手権で、桐生・山縣を敗り、優勝を果したケンブリッジ飛鳥(24)。今シーズンは9秒台の選手たちと走る機会を増やそうと、拠点をアメリカに移した。2017年4月にフロリダで行われたレースでは、追い風参考ながら9秒98をマーク。2連覇に向け自信を見せていた。2017年6月10日に行われた日本学生選手権で、彗星の如く現れたのが、関西学院大学3年生、多田修平(21)。追い風参考ながら驚異の9秒94。中学、高校と無名だった多田が、2017年一躍急成長。アメリカ合宿で出会ったジャマイカのパウエルらの世界的ランナーに、スタートの姿勢など、アドバイスを受けたことでタイムが上昇。わずか半年で自己ベストを0秒14更新。シンデレラボーイは、日本選手権優勝を虎視眈々と狙っていた。日本選手権決勝前日に行われた100mの予選。会場を最も沸かせたのは、桐生でもケンブリッジでも山縣でもなかった。日本歴代6位となる10秒06を叩き出し、優勝候補筆頭に名乗りを上げたサニブラウン・ハキーム(18)。2年前の2015年より一回り大きくなった体で、自己ベストを0秒12も更新した男は、自信に満ちていた。ガーナ人の父と日本人の母のもとに生まれ、この春高校を卒業したサニブラウン。その名が、日本中に知れ渡ったのは2年前の2015年、16歳の時だった。世界ユース選手権、200mで優勝。しかもそのタイムは、あのウサイン・ボルトが持つ、大会記録を破るという快挙だった。そして、高校生ながらその年の世界陸上にも出場。このまま日本のエースになると期待されたが、2016年は故障が続き、リオ五輪代表にも選ばれず、その姿はいつしか表舞台から消えていた。そんなサニブラウンが突如覚醒。しかもその走りは、本職の200mに止まらず、超激戦区100mで、ライバルを圧倒した。いったいなぜなのか?
2017年1月、高校卒業を間近に控えたサニブラウンは南アフリカに渡った。自らの走りを1から見直したい。そんな決意を胸に秘めた行動だった。指導を仰いだのは、陸上競技で世界的に有名なコーチ、アメリカ人のレナ・レイダー。現在、オランダ代表を指導するレイダーは、この時、南アフリカでの合宿の真っ最中。多くのメダリストを育てた名コーチをサニブラウンは、知人を通じて紹介してもらい、特別に指導を受けることになった。鮮烈なデビューを果たしながら、五輪出場を逃し、悔しい思いをした2016年。サニブラウンは、そんなどん底からの復活をレイダーコーチに託したのだ。サニブラウンの走りを事前にチェックしていたレイダーは、既にいくつかの欠点を見つけていた。走る際、サニブラウンの体は左右に揺れ、クビが動きすぎるという。この修正のためにレイダーコーチが提案したのは、意外なトレーニング法だった。まずは水の中をただひたすら歩くトレーニング。25mプールをゆっくりと歩く。水の抵抗にバランスを崩されないよう体の軸をしっかり保ちながら歩くのがポイントだという。このトレーニングを続けることで、体幹を整えられ、走りが見違えるという。次にレイダーが課したのは、砂場の上を裸足で歩くトレーニング。足場の悪い場所を、ゆっくり歩くことで、足首や膝がブレない足の動かし方を体にしっかり認識させる。こうしたトレーニングで、走る際のぶれが修正できるという。更にレイダーは、サニブラウンのもう1つの弱点も克服させようとしていた。それは膝の筋力の弱さ。サニブラウンには、スタートで出遅れてしまう傾向があるが、その原因となっているのが膝の弱さだとレイダーコーチは見抜いていた。そのために指示したのが、重さ5kgのメディシンボールを投げ上げるトレーニング。腕力に頼らず、膝をしっかり使うことで、体幹と同時に膝の筋力をバランス良く鍛えられるという。その他、レイダーが課した独自メニューを1か月に渡り着実にこなしたことで、サニブラウンの体はみるみる変化し、一回り大きくなった。そして1か月後、合宿地はオランダへ移動。ここでは、トレーニングの成果を確認する本格的な走り込みが行われた。走る時のフォームの左右のぶれが格段に小さくなっている。サニブラウンは、表舞台から消えたこの期間、地道なトレーニングを積み重ね、自らの走りを進化させていた。そんなサニブラウンに、レイダーコーチも手応えを感じていた。そして日本最速の男を決める舞台。日本選手権100m決勝。5人が10秒0台の自己ベストを持つ歴史的一戦を2万人の観客が固唾を飲んで見守った。結果、リオ五輪・銀メダリスト3人を抑え、18歳のサニブラウンが10秒05で頂点に。2位は多田、3位はケンブリッジ、桐生と山縣が世界陸上を逃す、まさかの結果になった。サニブラウンは、本職200mでも優勝。世界陸上では、100m、200m、リレーの3種目に渡る活躍が期待される。
2017年秋、スポーツの名門・フロリダ大学への進学が決まっているサニブラウン。8月の世界陸上、そして3年後の東京五輪へ。その走りで大輪の花を咲かせることを期待したい。
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