バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #575 2017.6.17 O.A.

バックナンバー
相撲界を去った元力士たちの第2の人生
【大至】
東京都江東区。多くの人がジョギングを楽しむ川沿いの道で1人の男が四股を踏んでいた。引退から15年、男はかつて大至という四股名の人気力士だった。
4270gという恵まれた体で、茨城県日立市に生まれた大至は、先祖に明治時代、地方相撲で活躍した力士がいたこともあり、力士になるという夢を父に託された。そんな期待に応えようと相撲一筋で過ごし、中学3年の時、全国大会でベスト16に進出。その姿が押尾川親方の目に止まり、部屋に入門。しかし、15歳で相撲界に飛び込んだ大至にとって、プロの世界の厳しさは凄まじいものだった。入門から7年、思うように番付が上がらない大至に、親方は毎日タイヤ引きの稽古を命じた。親方の言いつけを守り、毎日欠かさず行った。この稽古によって、下半身は見違える程強化され、入門から10年目、24歳でようやく十両に昇進、翌年、新入幕を果たした。そして1996年5月場所。体格で大きくひけをとる小錦との一番で見事勝利。この場所10勝5敗とし、前頭3枚目に昇進した。そして次の7月場所、後の横綱・武蔵丸との取り組みで、これまでの成果を出し切った一番となった。その後も勝ち星を重ね、三役への期待も高まった。しかし、そんな大至を突然病魔が襲う。メニエール病。耳の奥にある三半規管の異常で体の平衡感覚が保てなくなり、激しい眩暈や吐き気が続く。ストレスなど精神面が大きく影響すると言われ、大至は場所中、いつ始まるか分からない眩暈に悩まされ、症状は益々悪化。ついには途中休場まで余儀なくされ、十両に陥落してしまう。そんな時支えてくれたのが妻・祐子さんだった。幕内時代の1995年、親方の娘の友人で大の相撲好きだった祐子さんと出会い、その後交際が始まった。そこで祐子さんが懸けた言葉は…
「頑張らなくていい」
これまで、懸命に戦い続けてきた大至にとって、その言葉は心の不安を取り除く魔法の言葉だった。病は徐々に治まっていったという。それは相撲人生で一番忘れられない経験。当時の事を思い出すと、今も胸が熱くなるという。病と向き合い、苦しい時代を過ごした2人は1998年に結婚。その2年後、大至は32歳で3年ぶりの幕内復帰を果たす。それから2年間、幕内と十両の間で戦い続け2002年、体の限界を理由に引退した。その功績から、相撲界に残ることも出来た。しかし大至には、相撲とは違うもう1つの夢があった。引退から15年、48歳になった彼は、その夢を叶えていた。この日、訪れたのは都内の音楽スタジオ。幼い頃から相撲に負けないくらい歌が大好きで、現役時代もその美声を披露していた。そんな姿が音楽関係者の目に止まり、引退後、出演オファーが。それは子供向けのミュージカル。2011年と13年、計30回公演された。だが歌の仕事は、多い時で月の1/3ほど。それだけで生活することは難しく、夜は知り合いのスナックで働いている。6月4日、故郷・日立市でディナーショーを開いた。会場は大至の歌声を楽しみに集まった客で埋まっていた。今、こうして幼い頃からの夢だった歌手として生きていくことが出来るのも、厳しい現役時代を経験してきたからこそ。常に相撲への感謝を忘れることはない。
【花乃湖】
北海道・南幌町。人口7700人の小さなこの町に、元力士だった男がいる。元小結・花乃湖(56)。彼は現役時代、横綱から4つの金星をあげた力士だ。
1976年、中学卒業と同時に花籠部屋に入門した。そこには、横綱・輪島を筆頭に後の大関・魁傑や荒瀬など、錚々たる力士がいた。そして入門3年目、輪島の付け人に選ばれ、横綱と常に行動する最高のチャンスを与えられた。稽古はもちろんのこと、土俵以外でも、様々なことを学んだ。入門してから苦節10年、ついに新入幕を果たす。そんな花乃湖の名が全国に轟いたのが1985年11月場所。当時24歳、千代の富士への3度目の対戦だった。立ち合い直後に押され、劣勢になったものの、千代の富士の一瞬の隙を逃さず、見事寄り切った。そして1988年には、横綱・北勝海との一番でも、土俵際まで追い詰められるも、最後まで諦めず逆転勝利。持ち前の粘り強い相撲で三役・小結まで番付を上げた。だが、その一方、花乃湖の体は限界を迎えていた。格上との激しい勝負を繰り返す中、椎間板ヘルニアを発症。粘り強さがなくなり、あっという間に十両まで陥落。ヘルニアは、私生活にも不便を来すレベルになり、1989年、28歳の若さで引退を余儀なくされた。「引退後は、花籠部屋の親方に」そんな話が進んでいた。しかしその頃、部屋はあるトラブルを抱え、実現しなかった。突然、無職になった花乃湖だが、その後の人生は現役時代と同じ、劣勢からの大逆転劇となった。現在56歳、2人の子どもを育て上げ、妻と2人、第2の人生を送っている。妻にとって夫は今も誇りだ。力士時代の後遺症を抱えながら、家族を養うために続けた仕事。その職場はこの町唯一のホテル、プラザホテル二合半。花乃湖はその経営者なのだ。引退後、間もなく、相撲時代の経験を生かそうと故郷・秋田でちゃんこ料理店を始めた。そして現役時代から知り合いだった光代さんと、1年半の交際を経て結婚。2人の男の子を授かり、秋田で事業拡大を考えていたその頃、北海道で、ホテルを経営していた妻の両親から、跡を次いで欲しいと熱心に相談された。花乃湖は、ちゃんこ料理店閉め、心機一転ホテル経営者に。様々な苦労はあったが力士時代に培った諦めない心で頑張り続けた。そして今では、花乃湖自身が力士の下積み時代に学んだ秘伝のレシピで作る、ちゃんこ鍋が人気となりホテルは大繁盛。部屋の稼働率は8割を越えているという。
どんなスポーツにも増して第2の人生設計が難しいと言われる相撲界。そんな中、見事に今を生きる2人の元力士たち。これからの人生を応援したい。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2017, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.