バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #574 2017.6.10 O.A.

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ママさんアスリート・寺田明日香 家族一丸になって挑む夢
2017年2月、まだ薄暗い部屋の中で1人の女性が、朝の支度を始めていた。起き出してきたのは2歳になる1人娘、果緒ちゃん。娘を抱っこ出来る機会は、1か月に数日しかない。成長を感じる瞬間だ。母親はかつて、日本の頂点にいたトップアスリートだった。彼女の名は寺田明日香(27)。五輪を目指すハードル選手だった。日本選手権で3連覇。陸上短距離界のホープとして、将来を嘱望されていた。しかし23歳の若さで現役引退。その後結婚し、長女を出産。引退後は専業主婦として暮らしていた。しかし寺田は今、前例のない戦いに挑んでいる。この日向かったのは、国が運営するトップアスリートのための練習施設、ナショナル・トレーニングセンター。そこで寺田が取り組んでいるのは陸上競技ではない。なんとラグビー。実は寺田、引退から3年がたった2016年、7人制ラグビーの日本代表メンバーに選ばれた。そして2020年の東京五輪出場を目指し、日夜、汗を流している。彼女ほど実績のある選手がラグビー転向するのは極めて異例だ。15人制ラグビーと同じ広さのフィールドでプレーする7人制は、選手個々のスピードや敏捷性がゲームを大きく左右する。そのため、陸上選手などが、7人制のために転向することは世界的に珍しくなく、事実、日本代表の他の主力選手にも転向者は多い。寺田は2016年12月、日本代表を選ぶトライアウトを受験し、40m走でトップの走力を見せ合格。今はまだテスト生の扱いだが、日本代表のトップ選手と共に練習に励んでいる。7人制ラグビー日本代表の強化委員長・本城和彦も東京五輪の秘密兵器になりうると寺田に期待している。日本代表に合流し始めた2017年1月から寺田の生活は激変した。代表合宿に招集されれば、泊まりがけの遠征が続き、自宅にいる時間が目に見えて少なくなった。そのため、家を留守にする間、娘の面倒は夫や義母に頼らざるをえなくなった。夫・峻一さんの仕事は、アスリートの講演会やスポーツ事業のための調査を行うコンサルタント。妻の挑戦をサポートするため、会社と調整しながら子育てに取り組んでいる。家族で過ごせる日は月に数日しかない。代表合宿に行けば娘と会えない時間がしばらく続く。車に乗ると抑えきれない思いがこみ上げた。育ち盛りの娘の側にいられない辛さ。そんな思いをしてまで、寺田はなぜラグビー挑戦を決めたのか?そこには、陸上選手として挫折した五輪への思いがあった。
寺田は、ハードル選手として国内では敵なしの存在だった。高校生でジュニアの日本記録を更新、インターハイ3連覇を果たし、卒業後も日本選手権を3年連続で制覇した。圧巻は2009年。北京五輪の翌年、19歳で迎えた日本選手権で、寺田は日本歴代3位となる13秒05を記録。これは五輪参加標準記録を上回り、五輪イヤーであれば、無条件で出場できるタイムだった。寺田も五輪への熱い思いを語っていた。しかしロンドン五輪を翌年に控えた2011年、悲劇が襲う。練習中、右足首を捻挫。これがきっかけでフォームを崩し、復帰レースでは自己ベストに遙かに及ばない13秒53で終わった。その後も記録は伸びず、徐々に近づく五輪へのプレッシャー。それは精神面まで蝕み始めた。摂食障害になり体重が激減。寺田は、練習すら満足に出来なくなった。記録どころかレースで勝てないのが当たり前に。結局念願だったロンドン五輪出場は叶わなかった。それでも五輪への未練はあった。しかし、精神的に陸上を続けられる状態ではなく、2013年の日本選手権で敗れたのち、悔いを残しながら現役引退を発表。翌年、選手時代から交際していた峻一さんと結婚した。それまで、住んでいた北海道から東京に引っ越し、新生活を送った。長女も授かり、一児の母、専業主婦としてスポーツとは無縁の日々を送っていた。引退から3年が過ぎた2016年9月、寺田の下に思わぬ連絡が飛び込んだ。陸上選手時代を知るトレーナーに「東京五輪を目指して7人制ラグビーをやってみないか」と誘われたのだ。リオ五輪から正式種目になった7人制ラグビー。日本代表はメダル獲得を目指したが1勝4敗と苦しみ、参加12チーム中10位と奮わなかった。特に世界に圧倒されたのがスピード。ボールを持って抜け出しても、スピード豊かな外国人に簡単に追いつかれトライまで届かない。このスピードの差を埋める選手の発掘が、東京五輪への課題だった。4年前のロンドンで途切れた五輪の夢。妻の未練を感じ、後押ししたのは夫・峻一さんだった。心に再び火がついた寺田は、現役復帰を決断。7人制ラグビーで東京五輪を目指すと決めた。
7人制ラグビー日本代表の強化合宿。走力を買われ代表入りした寺田は、走りでは他のメンバーが敵わない圧倒的な差を見せつける。しかし球技の経験はほとんどなく、ゲームになると、自分がどうすればいいかわからない。練習の合間にも、コーチから厳しく指導を受ける。更にもう1つ重要な課題があった。それは激しいタックルに耐えられるための肉体改造。筋肉を増量し体重を増やす。しかし寺田の長所である走るスピードを落とすわけにはいかない。半年かけ、一歩一歩着実に進めた。するとラグビーを始めた頃、47kgだった体重は、11kg増え58kgに。50m走のタイムも1秒以上縮まった。そして2017年5月。寺田はクラブチームの一員として、公式戦に出場することになった。その成長ぶりは目を見張るものだった。ボールを受けると、ステップワークで相手をかわし40mを独走するトライを決めた。その一方、タックルはまだまだ甘く、相手を捕まえきれず得点を許してしまうシーンも目立った。課題も見えたが、寺田はラグビー選手としての成長を十分に見せた。
五輪という忘れ物を取りに家族のサポートを受け、ラグビーに情熱を注ぐ寺田明日香(27)。彼女の挑戦をこれからも見守りたい。
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