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BACK NUMBER #549 2016.12.3 O.A.

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走塁のスペシャリスト 鈴木尚広 引退の真相
「神の足」そう讃えられ続けた男が突然ユニフォームを脱いだ。読売巨人軍・鈴木尚広(38)。その足でチームに数えきれない勝利をもたらしたスペシャリスト。代走・鈴木のコールがどれだけ相手に恐れられたか計り知れない。2016年の盗塁成功率は、なんと100%。そんな衰え知らずの男が、なぜ引退を決断したのか?
1996年、鈴木は福島県の無名の県立高校からドラフト4位で巨人に入団した。そして5年間の2軍生活を経て、2002年、当時の原監督に足の速さを評価され、秘密兵器として1軍に抜擢された。その力を全国の野球ファンに見せつけたのは、その年の日本シリーズ。巨人王手で迎えた第4戦だった。2-2の同点で迎えた6回。3番・高橋由伸が1塁に歩くと、なんと、その代走に鈴木を起用。相手が完璧に警戒しているにもかかわらず、見事盗塁に成功。さらに浅く守っていたレフトから好返球をかいくぐり、一気に生還。この走塁が勝利を呼び込み、日本一をもぎ取った。鈴木の足は他球団の脅威となった。鈴木が塁上にいるだけで途轍もないプレッシャーが相手チームにのしかかる。鈴木の足が焦りを生みエラーを誘う。1点を争う勝負に、鈴木の足は一発のホームランに勝るとも劣らない武器になった。
鈴木は試合で見せる一瞬の輝きのために、入念な準備を欠かさなかった。球場入りは驚くことに、毎試合、試合開始の7時間前。そして、ストレッチを始め、40分ほどかけてしっかりと身体をほぐす。そのあとウォーミングアップを行い、1時間後には、独特のトレーニング。まずは、バランスボールの上でスクワット。さらに腰を捻った状態で両手で身体を支える。バランスの良い体作りのためのメニューだという。鈴木が試合前に取り組むトレーニングは、実に40種類以上に及ぶ。試合が始まっても、いつ出番が来てもいいようにベンチ裏で身体を動かし続ける。出番があるとも限らない。あったとしても与えられる時間は長くはない。しかし、鈴木はそのために準備を欠かさない。このストイックさが、勝負のかかった場面でチームに貢献できるプレーが生まれる礎になっている。しかし、今年(2016年)は、その準備が完璧にできていないと鈴木は感じていた。その理由はメンタルにあった。
20年のプロ野球生活で、鈴木は多くの名誉を手にしてきた。日本一3回。代走での盗塁の数は、日本新記録を樹立し、成功率は歴代最高をマーク。プロとしてやりきった。そんな思いが膨らみ、目指す目標が見えづらくなっていた。ほんのわずかな心の隙間だった。しかし、完璧主義者の鈴木は、いつの間にか自分の心に巣食っていた隙間が許せなかった。現役か、引退か…。その狭間で鈴木は葛藤し続けていた。そして、あの瞬間がやってきた。
2016年10月、シーズンを2位で終えた巨人は、クライマックスシリーズで、横浜DeNAと対戦。勝てばファイナル進出となる第3戦を迎えていた。この大舞台で鈴木の葛藤が表に出てしまう。3-3で迎えた9回、ノーアウトで出たランナーに代走・鈴木が送られた。これでサヨナラ勝ち。そんな空気が東京ドームに充満した。しかし、「神の足」とファンに讃えられ続けた男が、逆をつかれ牽制タッチアウト。サヨナラのチャンスを潰してしまった。それは、鈴木の心の葛藤がもたらしたわずかなほころびだった。こんな状態で現役を続けるわけにはいかない。鈴木はこの試合の直後、ロッカールームで引退を決めた。実は今シーズン、鈴木は10回、盗塁を試み、全て成功している。まだまだ第一戦で通用する力を持ちながらの引退は完璧主義者らしい引き際だった。走塁を決め、現役生活20年で多くの勝利に貢献し、実績を積み上げた。ファンは代走・鈴木のコールを心待ちに勝利の女神の笑顔を予感し、鈴木の名を呼び続けた。一瞬で試合の形勢を変えてしまうその凄みは、鈴木の1日として休むことのない、たゆまぬ準備が培ったものだった。
11月23日、4万3000人が詰めかけた引退セレモニーで支え続けてくれたファンに、鈴木は感謝の思いを語った。そして、「神の足」と呼ばれた男は、現役に別れを告げた。
鈴木尚広、38歳。代走に全身全霊をかけたその野球人生は、指導者という第2ステージに向け、続いて行く。いつか必ず戦いの舞台に戻るために。
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