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BACK NUMBER #546 2016.11.12 O.A.

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横浜一筋25年 ハマの番長・三浦大輔 引退の真実
2016年9月29日、この日の横浜スタジアムは異様な空気に包まれていた。現役最後のマウンドに立ち続ける三浦へのコールが鳴りやまない。打たれても、打たれても、決して下を向かない男の姿に多くのファンは魂を揺さぶられた。横浜一筋25年、三浦大輔(42)。プロ2年目から23年連続勝利を挙げたエースが、今年は1軍での登板すら中々果たせない歯がゆい日々を送っていた。カメラは、現役にこだわり、2軍で若手選手と汗を流す現役最年長投手の戦いを追い続けた。引退という野球人生最大の決断をいつ、どんな思いで決めたのか?始めたその決意を捉えた映像がある。そして三浦大輔、現役最後のマウンド。そこでは三浦自身、予想もしていなかったドラマが起きていた。いったい何が?ハマの番長・三浦大輔。25年に渡ったプロとしての生き様を一挙公開する。
1991年、奈良県高田商業からドラフト6位で横浜大洋ホエールズに入団。1年目に登板を果たすも、甲子園出場経験もなく、目立つ存在ではなかった。球速は140キロ台で変化球も平均的。そんな彼が自らをアピールするために行ったのは、野球選手で誰もしていなかったリーゼントヘア。もちろん外見だけではない。練習量は誰にも負けられないと練習の虫になった。その結果、三浦がプロの世界で生き抜くために鍛え上げたのが、正確無比のコントロール。狙ったコース、高さに寸分たがわずストライクを決める。三浦が投げれば、構えたキャッチャーミットはほとんど動かない。針の穴を通すかのようにストライクゾーン、ギリギリの場所にいとも簡単に決める。その様子はまるで精密機械のようだ。この抜群のコントロールを武器にプロ4年で先発ローテーションの1人になった。コントロールの他にも、バッターを徹底的に分析し、相手の裏をかくピッチングや緩急を使うなど投球術にも磨きをかけた。そしてプロ7年目、24歳の時には12勝を挙げ、38年ぶりの日本一に貢献した。その後も、最多奪三振や最優秀防御率などのタイトルを獲得するなど、球界を代表するピッチャーへと成長した。そんな彼の帽子にはこんな言葉が刻まれている。
「Hit it if you can(打てるものなら打ってみろ)

どんなピンチでも堂々と投げ抜く。その三浦の姿は見る者の心を鷲掴みにした。そして2008年、34歳の時、ファンの絆は更に深まった。この年FA宣言した三浦を阪神が巨額の契約で獲得に乗り出した。三浦はおよそ1か月悩んだ末に横浜残留を決断。その後、横浜の顔としてチームを牽引し、ベテランでありながら、毎日誰よりも早くグランドに入り、ひたむきに練習に取り組んだ。そして2015年、工藤公康や山本昌に並ぶ23年連続勝利という大記録を達成。40歳を過ぎても闘争心が衰えることはなかった。しかし2016年7月、三浦が立っていたのは2軍のマウンド。生命線とも言えるコントロールが甘くなり、2軍戦でも打ち込まれる日々が続いていた。三浦がこの時期まで1軍に上がれなかったのはプロ2年目以来のこと。初めて直面する事態に三浦も戸惑いを隠せなかった。7月11日、三浦に今年初の1軍登板のチャンスが巡ってきた。この時チームは9連戦、熾烈な3位争いの真っ只中にいた。そんな中、先発ローテーションに入っていた山口俊や今永昇太が離脱。三浦が呼ばれたのだ。しかしその初回、気付けば6点を失っていた。2回以降は、丁寧なピッチングで持ち直したが、結局4回で降板、チームも敗れた。三浦はその責任を痛感していた。その後、再び2軍生活が始まった。状態を上げようと必死に取り組んだが、結果が付いて来てくれない。それは、引退という現実を突きつけられていく日々だった。そして、チームが初のクライマックスシリーズ出場を決めた翌日の9月20日、三浦は引退を発表した。
三浦、現役最後の登板日(9月29日)。この試合は、横浜DeNAのレギュラーシーズン最終戦。15年ぶりのチーム勝率5割がかかった試合でもあり、引退試合ながら、その重責を三浦に託していた。横浜DeNAは、選手全員が三浦の背番号18をつけていた。それは、最後の花道を勝利で飾って欲しいという思いの表れだった。この日、横浜スタジアムは超満員。球場に入れなかったファンのためにパブリックビューイングも行われていた。そして、いよいよ三浦がマウンドへ。この大声援に応えたい。そんな思いで投球に入った。しかし、その立ち上がり、いきなりヤクルト打線につかまる。1番2番に連打を浴び、ノーアウト1・3塁のピンチ。打席には2年連続トリプルスリーを達成した山田。ゲッツーの間に1点を奪われたが、この回は何とか最少失点に抑えた。そして1回裏の攻撃。2番・梶谷。すぐさま同点に追いつく。だが続く2回、1アウト、1・3塁の場面で廣岡大志にホームランを打たれた。しかし、その裏の横浜DeNAの攻撃は凄まじかった。三浦に勝利を捧げたいと得点を重ね6-4と逆転。三浦はそんなチームメイトと大声援を送ってくれるファンの思いに応えようと必死の投球を続ける。だが、またしても失点し逆転。それでも懸命に投げ続ける三浦に、球場は異様な雰囲気に包まれる。その後も試練は続き、現役最後の登板でプロ野球人生初となる10失点。6回裏の攻撃は三浦から。ここで代打が送られると、誰もが思った。しかしこの時、監督であるラミレスはファンの声援を受け三浦の最後の場面は、マウンドで終わって欲しいという思いから代打を送らなかった。打席に立つ三浦の目には涙が溢れていた。そして7回表。三浦はマウンドに上がった。1人限定の勝負。最後は、通算2481個目の三振。試合に勝つことは出来なかったが、最後の最後まで戦う三浦の姿はチームメイトと多くのファンの心に焼き付いた。そして三浦は試合後、応援し続けてくれたファン1人1人に挨拶をした。
横浜一筋25年。男気を貫き通し、マウンドでたくさんの勇気と希望を与えた三浦大輔。彼の生き様は永遠の番長としてこれからも語り継がれていくだろう。
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