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BACK NUMBER #536 2016.9.3 O.A.
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ママさんジョッキー 宮下瞳(39)
2016年3月、女性騎手・藤田奈七子のデビューに競馬界が沸いた。藤田が注目される理由の1つには、16年ぶりの女性騎手の誕生という背景がある。競馬界では、女性騎手は極めて少ない。JRAでは藤田奈七子ただ1人。地方競馬にも7人しかいない。416人いる男性騎手と比較するとその差は歴然だ。そんな男社会の競馬界において、かつて「伝説の女性ジョッキー」と呼ばれた1人の女性がいた。名古屋競馬場所属宮下瞳。通算626勝は女性として群を抜く成績、国内最強を誇ったが、2011年34歳で引退。惜しまれながら競馬界を去った。しかし引退から5年が過ぎ、39歳になった2016年、現役に復帰。日本の競馬界で、1度引退した女性騎手が現役復帰を果たしたのは史上初。いったい何が宮下を突き動かしたのか?一旦は主婦となり、家事と育児に幸せを感じていたはずの彼女が、なぜ命の危険と隣り合わせの騎手という仕事に戻ると決めたのか?1人の女性の知られざる心の真実を追った。
現役復帰をする前、宮下は4歳と1歳になる2人の子どもを持ち毎日育児に追われる日々を過ごしていた。9歳年上の夫・信行さんも名古屋競馬の騎手。先輩・後輩という間柄から交際に発展し、宮下が現役だった2005年に結婚した。長男を妊娠し引退して以降は、競馬場の社宅で夫を支えながら子育ての日々。しかし、専業主婦ではいられなかった。家計のためにアルバイトをしなければならない。それが現実だった。地方競馬の騎手の収入は、決して恵まれたものではない。名古屋競馬では、賞金15万円前後というレースも珍しくなく、騎手の取り分はそのうち5%、1着になっても手元に入るのは1万円以下がほとんど。そんなとき、きっかけをくれたのが4歳になる長男の優心くんだった。
『ママが馬に乗って走るところを見てみたい』
息子のこの何気ない一言が、宮下の心の奥底にしまっていた騎手への思いを呼び起こした。そして、こんなことを考えるようになった。アルバイトをする時間があるなら、もう一度騎手としてチャレンジした方が良いのではないか…。そして2015年11月、宮下の現役復帰に向けた生活が始まった。まず、妹と暮らしていた父に同居してもらった。理由は、彼女と夫のスケジュール見れば明らか。再び騎手免許を取るための時間を作らねばならず、しかも夫婦共に深夜から家を空けなければならない。子どもの面倒を任せられる信頼できる相手がどうしても必要だったのだ。深夜0時半、宮下の1日が始まる。2人の子どもたちは当然夢の中。そんな幼い子どもたちを置いて向かった先は競走馬を管理する厩舎。宮下は、厩舎の掃除や馬に餌を与えるなど、本来、厩務員がやる作業を始めた。騎手免許に必要なのは、学科と騎乗の試験と身体検査。厩舎で働くことは求められていない。しかし宮下は、毎日馬に接することに意味があると考えていた。厩舎での作業を終えると、志願して調教もやらせてもらった。1日に約10頭の馬に騎乗し調教を行う。深夜1時から始まった作業が終わるのは朝8時。朝の作業が終われば、2人の子供を保育園へと送り届ける。家に戻ると掃除や洗濯と家事をこなし、主婦としての役割をきっちりこなす。そして休む間もなく試験勉強。馬についての専門知識、さらに騎手としてのルールや法律など、毎日3時間と決めているが、それでも時間は足りない。午後からは体力トレーニング。主婦生活で60kgにまで増えた体重を45kgまで絞り込むと共に基礎体力を養う。さらに、騎乗姿勢を保つためのトレーニング。これは、同時に下半身の筋力強化にもつながる。深夜から始まる1日は、あっという間に20時間が過ぎ、睡眠時間は4時間程度。こんな生活を毎日続けられる裏にはある理由があった。
鹿児島の馬産地で生まれ育った宮下は、幼いころから馬が大好きだった。地元のお祭り競馬では、幼稚園生ながら祖父のポニーに跨りレースに出走。そして中学を卒業すると、兄の後を追って競馬学校へ入学。2年間学んだ後、騎手免許試験に合格し、1995年、名古屋競馬で唯一の女性ジョッキーとして18歳でデビューした。そして勝ち星を重ね、デビュー10年目には女性騎手最多記録を更新。その後も記録を伸ばし続け、626勝という圧倒的な数字を残し引退。伝説となった。その宮下が復帰を目指し、主婦業と両立しながら4年間のブランクを埋め合わせるかのように、1日20時間ものハードスケジュールを1日も休むことなく続けた。そんな生活の中、宮下は馬への愛情が以前にも増して込み上げるのを感じた。スター騎手だったときには見えていなかったことが無数にあることを知った。そして9か月がたった2016年7月13日。見事2度目の騎手免許を取得。復帰戦は1か月後。2人の子どもを持つ夫婦が、共にジョッキーという新たな生活が始まる。
8月17日、5年ぶりの復帰レースへと向かう宮下。長男・優心くんに見送られ、復帰戦の舞台へ。応援にかけつけた優心くんの目に映ったのは、初めて見る母の騎手としての姿だった。いよいよレースが始まる。9頭中6番人気。レース序盤、先行でレースを引っ張る宮下。優心くんの目の前をトップで走り抜ける。しかし、最終コーナーで差し込まれてしまい、結果は8着。それでも復帰戦を見事に走りきったママに優心くんはこんな言葉をかけてくれた。
『ママ かっこよかったよ』
この日から5日後、11レース目に宮下瞳は復帰後初勝利をあげた。日本競馬界のママさんジョッキーが家族のために、どんな走りを見せるのか?注目したい。
現役復帰をする前、宮下は4歳と1歳になる2人の子どもを持ち毎日育児に追われる日々を過ごしていた。9歳年上の夫・信行さんも名古屋競馬の騎手。先輩・後輩という間柄から交際に発展し、宮下が現役だった2005年に結婚した。長男を妊娠し引退して以降は、競馬場の社宅で夫を支えながら子育ての日々。しかし、専業主婦ではいられなかった。家計のためにアルバイトをしなければならない。それが現実だった。地方競馬の騎手の収入は、決して恵まれたものではない。名古屋競馬では、賞金15万円前後というレースも珍しくなく、騎手の取り分はそのうち5%、1着になっても手元に入るのは1万円以下がほとんど。そんなとき、きっかけをくれたのが4歳になる長男の優心くんだった。
『ママが馬に乗って走るところを見てみたい』
息子のこの何気ない一言が、宮下の心の奥底にしまっていた騎手への思いを呼び起こした。そして、こんなことを考えるようになった。アルバイトをする時間があるなら、もう一度騎手としてチャレンジした方が良いのではないか…。そして2015年11月、宮下の現役復帰に向けた生活が始まった。まず、妹と暮らしていた父に同居してもらった。理由は、彼女と夫のスケジュール見れば明らか。再び騎手免許を取るための時間を作らねばならず、しかも夫婦共に深夜から家を空けなければならない。子どもの面倒を任せられる信頼できる相手がどうしても必要だったのだ。深夜0時半、宮下の1日が始まる。2人の子どもたちは当然夢の中。そんな幼い子どもたちを置いて向かった先は競走馬を管理する厩舎。宮下は、厩舎の掃除や馬に餌を与えるなど、本来、厩務員がやる作業を始めた。騎手免許に必要なのは、学科と騎乗の試験と身体検査。厩舎で働くことは求められていない。しかし宮下は、毎日馬に接することに意味があると考えていた。厩舎での作業を終えると、志願して調教もやらせてもらった。1日に約10頭の馬に騎乗し調教を行う。深夜1時から始まった作業が終わるのは朝8時。朝の作業が終われば、2人の子供を保育園へと送り届ける。家に戻ると掃除や洗濯と家事をこなし、主婦としての役割をきっちりこなす。そして休む間もなく試験勉強。馬についての専門知識、さらに騎手としてのルールや法律など、毎日3時間と決めているが、それでも時間は足りない。午後からは体力トレーニング。主婦生活で60kgにまで増えた体重を45kgまで絞り込むと共に基礎体力を養う。さらに、騎乗姿勢を保つためのトレーニング。これは、同時に下半身の筋力強化にもつながる。深夜から始まる1日は、あっという間に20時間が過ぎ、睡眠時間は4時間程度。こんな生活を毎日続けられる裏にはある理由があった。
鹿児島の馬産地で生まれ育った宮下は、幼いころから馬が大好きだった。地元のお祭り競馬では、幼稚園生ながら祖父のポニーに跨りレースに出走。そして中学を卒業すると、兄の後を追って競馬学校へ入学。2年間学んだ後、騎手免許試験に合格し、1995年、名古屋競馬で唯一の女性ジョッキーとして18歳でデビューした。そして勝ち星を重ね、デビュー10年目には女性騎手最多記録を更新。その後も記録を伸ばし続け、626勝という圧倒的な数字を残し引退。伝説となった。その宮下が復帰を目指し、主婦業と両立しながら4年間のブランクを埋め合わせるかのように、1日20時間ものハードスケジュールを1日も休むことなく続けた。そんな生活の中、宮下は馬への愛情が以前にも増して込み上げるのを感じた。スター騎手だったときには見えていなかったことが無数にあることを知った。そして9か月がたった2016年7月13日。見事2度目の騎手免許を取得。復帰戦は1か月後。2人の子どもを持つ夫婦が、共にジョッキーという新たな生活が始まる。
8月17日、5年ぶりの復帰レースへと向かう宮下。長男・優心くんに見送られ、復帰戦の舞台へ。応援にかけつけた優心くんの目に映ったのは、初めて見る母の騎手としての姿だった。いよいよレースが始まる。9頭中6番人気。レース序盤、先行でレースを引っ張る宮下。優心くんの目の前をトップで走り抜ける。しかし、最終コーナーで差し込まれてしまい、結果は8着。それでも復帰戦を見事に走りきったママに優心くんはこんな言葉をかけてくれた。
『ママ かっこよかったよ』
この日から5日後、11レース目に宮下瞳は復帰後初勝利をあげた。日本競馬界のママさんジョッキーが家族のために、どんな走りを見せるのか?注目したい。