バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #535 2016.8.27 O.A.

バックナンバー
五輪3大会ぶりのメダル獲得 シンクロ界の母・井村雅代
史上最多41個のメダル獲得という輝かしい結果を残し閉幕したリオ五輪。特に若い世代の活躍は、4年後の東京五輪へ大きな弾みとなった。その影で大きくクローズアップされたのが、指導者の存在。彼らなくして、この躍進はなかったと言っても過言ではない。中でも3大会ぶりにデュエット、チーム共にメダルを獲得し、日本のシンクロを見事復活させた、日本代表ヘッドコーチ・井村雅代(66)。過去9回の五輪全てで教え子を必ずメダリストにした“シンクロ界の母”。しかし今回、井村が指導したのは、これまでの教え子とはメンタリティーがまるで違う、ゆとり世代の選手たち。競争意識に乏しく、素質を開花させられないままだった選手たちを、井村はいかにしてリオの表彰台にまで導いたのか?日本が世界に誇る名コーチの驚くべき選手育成法、その極意に迫る。
日本のシンクロ、その栄光の歴史は、井村の存在なくして絶対に語ることはできない。1978年、28歳で日本代表のコーチに就任。シンクロが初めて正式種目となった1984年のロサンゼルス五輪では、井村が育てた日本代表が見事銅メダルに輝いた。選手に容赦ない怒声を浴びせ、妥協は絶対に許さない。当時の井村は、選手の意見を聞き入れることなど一切なく、まさにブルドーザーのごとき勢いで選手を引っ張り、確実に世界の表彰台へと押し上げた。ロサンゼルスからアテネまで、6大会連続でメダルを獲得。そして2004年、54歳で日本の指導者を勇退。しかし、日本シンクロは輝きを失ってしまう…。その4年後に行われた北京五輪では、デュエットこそ銅メダルを獲得したものの、チームは5位。さらに、続くロンドン五輪ではデュエット、さらにチームともに5位に沈み日本シンクロ界、史上初のメダル無しに終わってしまったのだ。一方、井村は2006年、シンクロ後進国・中国の代表コーチに就任。すると、井村が育てた選手たちが、北京、そしてロンドンと2大会連続でメダルを獲得。井村の手腕が改めて脚光を浴びた。ロンドン五輪から4か月後、中国の代表コーチから離れた。
リオ五輪まで約2年となった2014年、シンクロの立て直しが急務となった日本の水泳連盟からオファーを受け、地元のクラブチームを指導していた井村は10年ぶりに日本代表のコーチに復帰。メダル奪還へ決意を語った。目指すは、アテネ五輪以来3大会ぶりのチーム、デュエット両方でのメダル獲得。しかし、日本代表から離れていた10年間の変化は、井村の想像を遥かに超えていた。代表候補の多くが20歳前後のいわゆる“ゆとり世代”の選手たち。かつての教え子に比べ、競争意識が低く、練習でも全力を出そうとしない姿に、井村はショックを感じていた。さらに、演技の基本となる体力面でも明らかだった。そんな彼女たちを鍛えようと、過去最強のスパルタトレーニングを続けた。練習は朝7時から長い時は夜11時まで、1日13時間以上。体力をつけるためひたすら泳がせた。還暦を超えても尚、プールサイドに立ち続ける井村に、選手たちは逃げ場などなかった。演技の練習では、わずかの気の緩みも許さない。こうしたスパルタ指導で、選手たちを徹底的に鍛えあげる一方、今回、井村の指導にもある変化が起きていた。これまで、選手の意見を一切聞き入れなかった井村が、積極的に選手の声に耳を傾けていた。10代から20代前半の若いメンバーにとって、井村は雲の上の指導者。そのため、井村に委縮し実力を発揮できない選手が多かった。そんな若い世代の力を引き出すには、昔のような、一方的に押し付けるやり方だけではうまくいかない。自ら目線を下げ、選手たちの思いや、考えをくみ取りながら井村は、信頼関係を深めていった。
“絶対にメダルを獲らせる”
そう言い続けることで選手たちに確かな自信と明確な目標を植え付ける。言葉に裏付けられたハードワークは、ゆるキャラとまで呼んでいた選手たちの心と体を確実に変えていた。メンバー全員が井村の課すハードワークに全力で食らいついていった。たくましくなった成長を続ける教え子に井村も五輪への強い自信を覗かせていた。
そして迎えたリオ五輪。チーム戦の前に行われたデュエットでは、乾・三井ペアが見事銅メダルを獲得。この日66歳の誕生日だった井村へ最高のプレゼントとなった。しかし、喜びもつかの間。チーム全員をメダリストにしなければ、井村の戦いは完結しない。そして、ついにメダルを懸け挑んだチーム、フリールーティン。テクニカルルーティン3位の日本は、最終10番目に登場。井村は、決戦の舞台へ向かう教え子たちを笑顔で見守っていた。そして、最初のリフトを成功させると高度な足技で魅せる。そしてこの後、井村が考案したリフト。逆立ちの選手を担ぎ上げ、水の上を進むという斬新さ。見事チームでも銅メダルを獲得。そして井村自身、コーチとして9大会連続で教え子を五輪メダリストへと導く快挙を成し遂げた。そして井村の目はすでに4年後を見据えていた。
井村は常々こんな事を言っている。「オリンピックに魔物などいない」と。そんな井村の教え子たちは4年後、どんな美しい演技を見せてくれるのか。今から楽しみでならない。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2024, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.