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BACK NUMBER #521 2016.5.14 O.A.

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岡崎慎司 レスター優勝の舞台裏
5月2日、イングランド・レスター。信じられない奇跡が起こった。世界屈指の強豪がひしめくプレミアリーグで、弱小チームのレスターが前代未聞の優勝。そして、その伝説を起こしたチームには日本代表で最も多くのゴールを奪っている岡崎慎司(30)がいた。岡崎は昨年(2015年)、レスターに移籍してきたばかり。プレミアリーグで戦うのはまだ1年目だ。それでも37試合中35試合に出場し、チームの勝利に大きく貢献。しかし岡崎が今シーズン、ゴールを奪ったのはわずか5得点だった。チームで最も得点を挙げているバーディーは、24得点。フォワードとして岡崎の成績は決して褒められるものではない。それでもチームメイトやファンから信頼を勝ち取っていた岡崎。一体それはなぜなのか?
『英国史上最大の番狂わせ レスターシティ』
ロンドンの北に位置する人口33万人の街、レスター。街には、世界を代表するレスター・タイガースというラグビーチームがある。そんな中、サッカーのレスターシティは、一時、クラブの存続すら危ぶまれるチームだった。今年で創設133年。歴史のあるクラブだが、ここ10年は、ほとんどが2部リーグでの戦いだった。2014年にようやく1部に昇格したが、翌年には1部に残留できるかどうかの瀬戸際に立たされていた。チームの総年俸は、プレミアリーグ20チームの中18位。世界最高峰のリーグに在籍しながら、スター選手など1人もいない弱小チームだった。そんなチームに今季、助っ人外国人として補強されたのが岡崎だった。しかし、プレミアリーグは世界でも最も当たりが激しいと言われるリーグ。屈強な肉体を持ち、規格外の身体能力を持った選手が世界中から集まっている。世界のサッカーを見続けている専門家の多くは、体格や身体能力で劣る日本人では通用しないと口を揃えていた。指摘通り、シーズン序盤の岡崎は、プレミアの激しいプレーに苦しんだ。まともにプレーさせてもらえることはほとんどない。その激しさを物語っていたのが岡崎の足。あらゆる場所に傷があり、爪の色は大きく変色している。そんな岡崎の出場時間は激減した。シーズン中盤の3か月間、ほとんどが途中出場。そのままチームの構想外となってもおかしくない状況だった。しかし岡崎は、ここからチームになくてはならない存在となる。その裏には、岡崎ならではのサッカーの歩みが大きく関係している。
『「僕は欠点だらけのサッカー選手」…岡崎慎司』
小学校からサッカーを始めた岡崎は、決して上手いと言われるような選手ではなかった。そんなサッカー少年がプロ入りまで果たせたのは、馬車馬のように走り回る運動量と、どんなに格好悪くても必ずゴールを奪うという貪欲さ。この頃の岡崎の座右の銘は「一生ダイビングヘッド」。プロ入り後も、その泥臭いプレーが代名詞となっていた岡崎は、当初、チームの中で最も足が遅かった。しかし、実はそのウィークポイントを克服しようと誰よりもトレーニングを重ねていた。チームのフィジカルコーチに頼み込み、居残り練習やオフを返上してのトレーニング。フォームの矯正に2年、運動能力を上げるためのトレーニングを4年。気の遠くなるような年月を地道に続けていた。その結果、ゴールを奪うために必要な俊敏性を手に入れた。プロ入り4年目には日本代表に選出。その活躍は目立っていた。そして7年目、岡崎は25歳でドイツに渡った。その理由も短所を克服するということが大きなウエイトをしめていたという。苦手だったテクニックを世界最高峰のブンデスリーガで学ぼうと考えたのだ。しかし当然その壁は高かった。ハイレベルな戦いの中、岡崎のミスは日本でのプレーとは比較にならないほど目立っていた。サッカー人生で最ももがき苦しんだというドイツでの戦い。しかし岡崎は諦めなかった。3年間で10ゴールしかあげられなかった岡崎が、4年目には1シーズンで15ゴール。さらに5年目も12ゴールを挙げるなど、飛躍的な成長が見られたのだ。その変化は日本代表でも健在だった。
2015年、岡崎は次へのステップを考える中、日本人には難しいと言われていたプレミアリーグ・レスターへの移籍を決めた。シーズン序盤、大方の予想通り、岡崎はプレミアリーグ特有の激しいプレーに苦しんだ。しかしそれは岡崎自身もわかっていたこと。対策は立てていた。それまで、俊敏性を失わないようにと重りを使った筋力トレーニングは避けてきた岡崎だったが、プレミアではそこに踏み込んだトレーニングが必要だった。スピードを無くさず、当たり負けしない体を作る。そのギリギリのラインを探りながら毎日トレーニングを重ねた。それでも筋力的に適わない相手への体のぶつけ方やバランスの保ち方など、筋力意外で補えることも徹底的に研究していた。するとシーズンの後半戦、岡崎がスタメンから外されることは1度もなかった。しかし、チーム全体のボール保持率やパスの成功率は非常に低かった。データで見るとゲームは相手チームに支配されている。それでもレスターは快進撃を続けていた。なぜ勝ち星を積み重ねて行けるのか?それは、徹底したチームの戦略。指揮を執るイタリア人監督のラニエリはポジションに関係なく選手全員に守備への意識を強く訴えかけた。その戦術は、展開が速く、激しい当たりのプレミアリーグにおいて、途轍もなく過酷な要求だった。試合中、ひたすら走り続け、何度攻撃されても諦めない、鋼のような精神力が必要とされるからだ。しかしレスターは、チームの全員が長期間に渡るシーズンでそのプレーを続けた。そしてこの戦術は、岡崎に非常に適していた。フォワードながら運動量と守備力には定評があった岡崎。シーズン終盤には、試合で最も走った選手の証として、キング・オブ・スプリントと称されることもあった。岡崎は、多くの得点を挙げることはできなかったが、この献身的なプレーでチームから絶大な信頼を勝ち得ていた。そして5月2日。サッカー史上最大の下克上が達成された。
自分の欠点から目を逸らさず、向き合い続けてきた岡崎慎司。彼がチームにもたらしたもの。そしてその栄光は、未来永劫語り継がれるサッカー界のレジェンドとなるだろう。
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