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BACK NUMBER #519 2016.4.30 O.A.

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新井貴浩 2000安打達成の舞台裏
4月26日、男はプロ野球史にその名を刻んだ。広島東洋カープ・新井貴浩(39)。ドラフト6位で入団した男が努力で掴んだ一流選手の証。その道のりは苦難の連続だった。逆境を耐え、家族と共に歩んできた2000安打への軌跡。その舞台裏に独占密着した。
4月14日甲子園。一流選手の証2000安打まであと11本。しかし、当の新井はプロ野球人生でそんな輝かしい瞬間が訪れるなど、思ってもいなかったと言う。チームの勝利のために全力でプレーする。それが新井だ。ひたむきなその姿は、球場に駆けつけた多くのファンの心を熱くたぎらせてきた。2008年の北京五輪では、日本代表の4番を務め、その豪快なバッティングでチームを引っ張った。それでも新井は、自分に野球の才能があると一度も思ったことはないと言う。「まさか自分が…」そんな言葉に象徴されるように2000本という大記録への歩みは、プロ野球の世界で新井が流してきた汗と涙の結晶そのものだった。
広島生まれで広島育ち。ドラフト6位で駒澤大学からカープに入団した。正直その守備はプロでやっていけるレベルではなかったが、新井には一つだけ輝きがあった。それは類まれな長打力。1年目、1軍で7本もホームランを放ち、首脳陣を驚かると2年目、カープの4番サードを務めた江藤が巨人に移籍。そこで白羽の矢が立ったのが新井だった。サードのレギュラーとして苦手の守備を徹底的に鍛えられバッティングにも磨きをかけた。周囲の期待に応え着実に成績を残した。ところが更なる衝撃の事態が起こる。4番バッター金本が阪神に移籍。その後継者としてプロ5年目、まだ成長途上の新井が4番バッターに抜擢されたのだ。その重圧は想像以上だった。極度の打撃不振に苦しみ自信を失いかけた。そんな頃新井は、大学時代に知り合いずっと支えてくれた裕美子さんと結婚。夫は苦しんでいたが、裕美子さんは全く心配していなかったという。妻の思いは、すぐに現実になった。なんと結婚の翌年、新井は43本のホームランを放ち大ブレーク。圧倒的な長打力でセ・リーグのホームラン王に輝いた。ドラフト6位で入団した男が不動の4番バッターに成長。地元出身のスラッガーの誕生にファンも夢を膨らませた。しかし2007年のシーズン終了後、新井は野球人生を左右する大きな決断を迫られた。このとき取得したFA権を行使するのか?新井は悩み抜いた末、決断した。自分を育ててくれたカープとの決別…。そうまでして新井が求めたのは、優勝争いがしたいという想いだった。当時の広島は、最下位争いを続け10年もの間Bクラスに沈んでいた。30歳で広島の新井は阪神の新井に。そんな選択をした新井をファンは許さなかった。阪神のユニフォームで、初めて広島との打席に立つ新井に容赦ない罵声が飛んだ。自らの決断を後悔しないためにも阪神を絶対に優勝させる。新井はそんな思いを胸にチームの柱として戦い続けた。常に全力でプレーする。広島時代に培ったその精神は、阪神でもいささかも変わらなかった。しかしそんな全力プレーには思いも寄らない大きな代償が待っていた。2011年のシーズン途中から、右肩痛に襲われた。それでもチームの為に出場し続ける中、痛みは悪化。以降、慢性的な右肩痛に悩まされるようになり打撃が振るわなくなっていった。チームはそんな新井に変わる長距離砲、外国人のゴメスを獲得。新井はベンチを温める姿が当たり前の様になった。その年に放ったヒットはわずか43。このままでは2000安打達成など夢物語に終わってしまう。このとき新井は37歳。引退も見えてくる年齢だ。チームの方針で新井は今後も代打としての起用が濃厚だった。しかし長年レギュラーとして活躍してきた新井には、その状況を受け入れる事ができなかった。そして、新井は阪神に自由契約を申し入れた。自由契約になった場合、どこからも声がかからなければ引退となる。それも覚悟の上で37歳の新井は出場機会を求め7年在籍したチームを出る事を決断した。そんな新井の元に予想だにしないオファーが来た。それは一度は裏切る形になった古巣の広島からだった。しかも広島の首脳陣は新井を主力選手の一人として考えていた。そして8年ぶりのカープへの復帰が決まった。迎えた2015年の開幕戦。新井はベンチスタートだった。そして7回裏、広島がチャンスを作ると、ここで緒方監督が動いた。7年前はブーイングで迎えたカープファンが、打席に向かう新井に大声援を贈る。新井が帰ってきた。みんな、この時を待っていたのだ。復帰第1打席はヒットで飾ることは出来なかったが、そこからの快進撃は目を見張るものだった。38歳の大ベテランがレギュラーポジションを掴みシーズン途中から4番を任され、十分にその役目を果たす。終わってみれば、なんと117本のヒットを積み重ね、気づけば2000本まであと29本。本人すらまさかと思っていた一流選手の証である大記録が、目の前に迫っていた。そして2016年シーズン、ついに歓喜の時が。自由契約を決断した時には考えもしなかった古巣・広島での偉業挑戦。そして4月26日。2000安打まで残り1本となったこの日、家族が神宮球場に駆けつけた。そして迎えた第2打席。プロ18年でついに2000安打を達成。日本プロ野球史上47人目の快挙となった。試合後、新井は家族のもとへ。新井にはこの大記録以上に家族とそしてファンと共に喜びを分かち合いたい最大の目標がある。
「優勝」
新井貴浩(39)2000安打は彼にとって通過点に過ぎない。育ててくれた真っ赤なユニフォームで、初めての優勝を勝ち取るその日まで打って打って打ちまくる。
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