バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #508 2016.2.6 O.A.

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大けがからの復活 スキー・モーグル 伊藤みき
日本の女子モーグル界を牽引し続けてきた2人の女性がいる。金メダリスト・里谷多英。そして上村愛子。そんな2人の背中を追いかけ、後継者と目されてきた選手、伊藤みき(28)。伊藤は、3年前の2013年。W杯で、7歳年上の上村愛子を破り、日本のエースの座を掴む。さらにこの年、世界選手権でも銀メダルを獲得。一躍、ソチ五輪のメダル候補と囁かれた。メダル獲得となれば、里谷以来12年ぶりの快挙。そんな大きな期待をひしひしと感じながら、伊藤はソチでの栄光を夢見て着実に実績を重ねた。迎えたソチ五輪。女子モーグル予選当日。伊藤は、この五輪での戦いに全てをかけていた。しかし、予選が始まるわずか20分前、残酷な悲劇が伊藤に襲い掛かる。本番前、最後の練習で伊藤が滑り始めた。ジャンプした後、着地でバランスを崩し、そのままゴールゲートに激突。立ち上がることもできない。異常事態にゲレンデの空気が張り詰めた。このとき、伊藤の右ひざの前十字靭帯は断裂していた。スタッフに抱えられ、運び出された伊藤は予選を棄権。この瞬間、ソチでメダルを取るという夢は消え去った。帰国した伊藤は、靭帯再建手術を受けた。手術の影響で、右足の太ももからふくらはぎまで内出血。アスリートにとって、前十字靭帯断裂は、選手生命を終わらせかねない大けが。しかも、手術を受けても元に戻るとは限らない。それでも、伊藤は膝にメスを入れることを、ためらいなく決断した。手術から1か月。伊藤はリハビリを開始した。医師の診断では全治8か月〜1年。しかし、アスリートとして復帰できるかは、わからなかった。それでも焦りは絶対に禁物。慎重に行わなければならない。この日は、ゴム紐で右足に負荷をかけ、少しずつひざを曲げる練習。けがをしたあの日から、右ひざを全く動かせなかった伊藤にとって、わずかにひざを動かすことすら、恐怖心との闘いだった。自分のひざとは思えない違和感。1日も早い復帰を望む伊藤にとって、そのショックは大きなものだった。今は地道なリハビリを続けるしかない。頭では理解していたつもりだった。しかし、その段階は無限に続いていく。立ちはだかる現実の厳しさを、少しずつ受け入れながら、伊藤の病院でのリハビリは2か月に渡っていた。先の見えない日々。不安だけが膨らんでいく。そんな逆境のなかで、伊藤を支えていたのは、五輪への思いだった。日本女子モーグルのエースとして、自分には、復活しなければならない使命がある。里谷と上村。2人の先輩が切り開いた日本女子モーグルの栄光。しかし伊藤は、まだ五輪で何も実績を残せていなかった。
手術から4か月。病院を退院した伊藤は、所属先の施設でリハビリを兼ねた練習を開始した。回復は順調だった。とはいえ、無理は禁物。スクワットではバランスボールを置き、ひざが曲がる角度を制限。室内でのランニングも始めた。筋力を取り戻し、アスリートとしての土台を作っていく。雪上にはまだ立つことは出来ないが、ジャンプの踏み切りをイメージしたトレーニングに、その悔しさをぶつけた。そしてリハビリ開始から半年。伊藤は、ある練習を行った。それは、モーグルという競技に復帰するためには、絶対に乗り越えなければならない物だった。トランポリンを使ったエアー練習。ソチで悲劇に見舞われた、あの後方宙返りに挑む。トップ選手になると、トランポリンでも雪の上でも感覚は変わらないという。それだけに、恐怖心がこみ上げてくる。あのとき突然、自分を襲った悲劇。その記憶は脳裏にまだ強く刻まれ、体を縛り付けていた。しかし20分後、見事成功。伊藤は大きな階段をひとつ登った。
手術から7ヶ月。担当医師からの許可で、伊藤はプールでのジャンプ練習に挑むことになった。高さ1mのジャンプ台を、上から滑って水の中に飛び込む。けがをして以来、スキーを履くのも初めて。着水するイメージを何度も重ねる。そして、着水しても痛みは感じなかった。その後、ジャンプ台の高さを上げていき、けがの前まで飛んでいた高さに立った。それから1か月後、雪の上での滑走練習を再開。伊藤は手ごたえを掴んでいた。右ひざの回復は、まだ7割ほどだったが、ゲレンデに戻れた喜びが溢れていた。実戦への復帰。けがの直後には、想像すら出来なかったことが、現実味を帯び始めた瞬間だった。雪の上でのトレーニングは、6か月にも及んだ。
そしてついにその日がやってきた。あのソチ五輪の悲劇から1年10か月が経った去年12月。伊藤はレースに復帰。結果は29人中21位だったが、ソチで転倒したバックフリップもしっかりと決め、無事滑りきった。帰国した伊藤の表情には、自信が溢れていた。
伊藤の本当の戦いはここから始まる。2年後のピョンチャンで日本モーグル界、16年ぶりのメダル獲得を期待したい。
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