バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #507 2016.1.30 O.A.

バックナンバー
監督・工藤公康の真実に迫る
今月、工藤公康は野球人最高の名誉、野球殿堂入りを果たした。選手として彼が放った輝きは、言うまでもなく、まばゆいばかりのものだった。プロフェッショナルとはいかなるものか?私たちは番組を通じて、その一端を垣間見えてきた。奇跡の優勝の舞台裏。練習の大切さ。試合直前ギリギリまで、常に究極のピッチングを追求する姿。45歳を越えてなお、工藤公康は、己の限界に挑み続けた。そして、監督就任1年目にして、工藤はチームを日本一に導いた。指導経験のない彼が、あの強いチームをどう作り上げたのか?現在と現役時代の彼の姿にどんな関わりがあるのか?監督・工藤公康の真実に迫る。
<監督・工藤公康>
2014年11月。それは日本一に上り詰めたチームを引き継ぐという異例の監督就任だった。コーチを含め、指導経験はゼロ。どんなチーム作りのビジョンがあったのか?自分の目で直接見る。そして直接話を聞く。選手1人1人どんな特徴を持ち、どんな性格なのか自分が理解しなければ、何も始まらない。工藤監督はそう考えていた。そして、全ての選手に明確な課題を持たせることでチーム内の競争を活性化した。秋山監督時代、すでに磐石と言われていたスタメンオーダーに名を連ねていなかった選手たちが、レベルアップし、次々に台頭した。「野球が始まったら楽しめ」工藤監督は選手がより力を発揮できる環境作りを目指した。一流の選手として4つの球団で29年間戦ってきた工藤監督にとって、それが良い結果を生むためにいかに大切な事か、身を持って痛感していた。そのためには、選手たちをサポートする側にどんな人材を置くのか、これも重要な要素だという。コーチはもちろん、スコアラー、トレーナーなどの裏方とも綿密なミーティングを重ね、選手の能力アップに繋がる情報を共有するよう心掛けた。また、ケガ予防の1つの方法として、特殊エコーや、体組成測定装置など、新たな機器を導入。これも環境作りの一貫だ。こうして工藤監督はチーム全体に前向きな空気を湧き立たせていった。
<指導者とは?>
現役時代から考え抜いた理論で、多くの後輩たちを指導してきた工藤監督。ダイエーでは城島を、巨人では内海を主力選手に育て、我々のカメラもこうした場面を数多くとらえてきた。そんな彼が、若い選手たちに技術を教える際、最も大切にしていることがある。それは「反復練習」。身長176cmと野球選手としては小柄な工藤監督は、プロで生き残るために、人一倍練習に取り組んだ。オフの間、自身が持っているVTRを200本〜300本チェック。相手打者のファールの打ち方、見逃し方、なぜ空振りをしたのか、初球のストレートを見逃したのに、なぜ次のカーブをレフト前に打たれたのか。トレーニングをしながら自分の中でチェックし続けた。こうして習得した技術で結果を出す。結果が伴わなければならないのが、プロとアマチュアの最大の違い。工藤監督は著書『「10年先の自分」を作る』でこう記している。
「試合を左右するのはグラウンドに立つ選手個人であり、ひとりひとりの
 プロ意識があるかどうかが重要だと考えています。」
「であるならば、チームを指揮する監督は、その選手のモチベーションを
 いかに上げるかが大切な役目と思っています」
50代を迎え、昔とは指導方法も変わってきたという工藤監督。20代で見える世界と、30代で見える世界、40代で見える世界は違い、年齢を重ねると見える世界が変わってくる。そうすると選手にかける言葉も変わり、見守ることも大事だとわかってくる。けなすのではなく、褒める。良いイメージを与えてあげるのも指導する立場の仕事だと。
2月1日。プロ野球は12球団が一斉にキャンプイン。工藤監督率いる福岡ソフトバンクホークスは、3連覇に挑む戦いをスタートさせる。選手ひとりひとりがオフの間に何を行い、どう変わったのかをコミュニケーションを取りながら理解する。去年と同じ目線で選手を見ること自体が選手に失礼であり、選手の頑張りを理解した上で、チームを作りたいと工藤監督は語る。
選手・工藤公康と監督・工藤公康。そこには1つのぶれない芯がしっかりと通っている。新たなる戦いへエールを贈る。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2024, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.