バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #448 2014.11.29 O.A.

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かつてのJリーグスター永井秀樹 現役にかける想い
21年前、華々しく誕生した日本のプロサッカー、Jリーグ。その時から、今も現役なのは、現在47歳のカズだけではない。もう1人、43歳で現役を続ける男、永井秀樹。カズと共にヴェルディで活躍した彼のサッカー人生は、苦難の連続だった。3度の戦力外通告。それでも永井が現役にこだわり続ける理由…。プロ23年目、戦い続ける43歳を追った。
故郷・大分で、小学4年生からサッカーを始めた永井。その類まれなる才能はすぐに開花した。中学生で、全国制覇を達成。そして名門・国見高校でも全国制覇。大学は強豪・国士舘大学に進み、中心選手として活躍。そんなサッカーのエリート街道を歩いていた永井に転機が訪れたのは、1992年。大学を中退し、プロの世界に飛び込んだ。翌年、Jリーグが開幕。永井が入団したヴェルディは、三浦和良、武田修宏など、多くの日本代表選手を抱える、スター軍団。人気・実力、共にトップを走るチームだった。そんなスター軍団の中でも永井の力は、引けを取らなかった。持ち味のドリブルとゴール前での勝負強さを見せつけた。豊富なタレントを抱えるヴェルディはこの年、Jリーグの初代年間チャンピオンの座を獲得。本拠地、川崎市内で行われた優勝パレードには、3万人を超えるサポーターが詰めかけた。その中でも永井の人気は絶大だった。この頃、勝利給も合わせ、年間1億円近く稼いだこともあるという。
しかし、永井には、どうしても果たせなかった思いがある。それは…日本代表。FIFAワールドカップ日韓大会を3年後に控えた1999年。永井はトルシエ監督の代表合宿に呼ばれたことがある。しかし、呼ばれたのはその1度だけ。代表のピッチには1試合も立っていない。
「なぜ、俺は代表に呼ばれないのか?」
自分が選ばれなかった、日韓大会で、日本中がサッカー一色になった2002年、永井に悲劇が訪れる。戦力外通告。苦悩サッカー人生の始まりだった。1年浪人をした末に、2003年、ようやく大分トリニータに入団。しかし、わずか1年で再び戦力外通告。2005年からは、Jリーグのはるか下、地域リーグに所属し、サッカーを続けた。年俸は、全盛期の10分の1以下の600万円。それでもサッカーを諦められなかった。
43歳になった永井は、今年4月、古巣、J2東京ヴェルディに復帰した。かつて、一時代を築いたヴェルディは、J2に降格し、既に6年が経っている。今年は、開幕から4連敗、更に下のJ3に落ちる危機を感じたチームが、急遽、永井を呼び寄せた。チームの平均年齢は24歳。有名選手などいない、若手主体のチームに、ベテランの力が必要だった。自らの練習に加え、率先して指導も行う。練習が終わっても、永井の周りには選手たちが集まってくる。しかし、若い彼らは、永井がかつてヴェルディで活躍していた事を知らない…。
あくまで現役にこだわる永井は、練習を終えるとジムでトレーニングに励む。1日でも早く最前線で活躍するために。週に1度はハードなメニューをこなし、43歳のからだに鞭をいれる。90分間、ピッチを走り続ける体力を維持するために。
プロとして23年目のシーズン、永井はここぞという場面での起用で起用された。J3降格の危機のを救うために、限られた時間の中で、全力でプレーする。永井の出場は、今シーズン42試合中わずか11試合に止まった。しかし、親子ほど離れた選手たちに、彼の存在は、間違いなく、無形の力を与えていた。ヴェルディは、J3降格の危機をしのぎ、ギリギリでJ2残留を決めた。そして、永井は既に先を見据えていた。プロ24年目、44歳を迎える永井秀樹はどんなバース・デイを迎えるのか?彼の情熱はまだ続いている。
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