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BACK NUMBER #422 2014.5.3 O.A.

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“最強の格闘DNA!スーパー高校生山本アーセン  夢のオリンピックへ… 試練の戦い!”
レスリング 山本アーセン17歳。
去年、16歳から17歳の世界大会で優勝。
そんなアーセンが人生をかけて挑む目標。
“オリンピックチャンピオン”
そのために、今回彼が選んだのは年上のレスラーがひしめく、ハイレベルな戦場。
日本一をかけた、熾烈な戦いが始まった。しかし、待っていたのは波乱の展開だった。
果たして勝負の行方は…
2014年4月。1人の男がトレーニングに励んでいた。その体は彫刻のように鍛え上げられ、重さ70kgのバーベルを素早く何度も持ち上げる。
今、日本レスリング界で大きな注目を集める山本アーセン 17歳。高校3年生。
母は3度世界女王に輝いた山本美憂、伯母は4度世界を制覇した聖子、叔父は総合格闘家 山本“KID”徳郁。
そして祖父はミュンヘン五輪日本代表 山本郁榮。
アーセンは日本屈伸の格闘エリートのDNAを受け継いでいる。
目標に向けて、アーセンは重要な大会を目前に控えていた。
それは、17歳から20歳までの日本一を決めるJOCジュニアオリンピックカップ。
この大会はアーセンがこれまで戦ってきたクラスとは明らかにレベルが違う。
レスリングにおいては、技術・筋力ともに成長著しいこの時期、年齢が1つ違うだけで、大きな実力差が生まれるという。
4歳からレスリングを始めたアーセンは、祖父の厳しい指導の下、オリンピックを目指し必死に練習した。13歳になった2009年、レスリングの本場ハンガリーへ、単身武者修行に旅立った。孤独な戦いの中で、最強の遺伝子がついに覚醒した。
2013年8月には16歳から17歳クラスの世界大会で見事優勝。“オリンピックチャンピオン”へ着実に階段を登っていた。
しかし、アーセンの前に更なる大きな壁が立ちはだかる。
JOCジュニアリンピックカップ。将来の五輪候補とも言うべき、17歳から20歳までの精鋭が一同に出場する大会だ。他選手はアーセンにとって栄光への切符を争うライバルばかり。17歳、高校3年生のアーセンはこの大会最年少。来年から始まる代表選考へのアピールの場でもある。ハンガリーで培った、自分のスタイルが年上の日本人選手にどこまで通用するのか。アーセンは大会の前にある場所を訪れた。
そこは青山学院大学のレスリング場。ここはロンドン五輪日本代表、長谷川恒平らを排出した大学レスリングの名門。アーセンはここで練習をすることが許された。
すると早速はオリンピック代表の長谷川とスパーリングをするチャンスが。
しかし、長谷川との実力の差は想像以上のものだった。自分のレスリングをさせてもらいえない。戸惑いを隠せないアーセンは翌日以降も年上の大学生らを相手に50ラウンド以上にもなるスパーリングを敢行。試合直前まで調整を続けた。
そしていよいよ大会当日。会場には全国の猛者たちが集まった。
迎えたアーセンの初戦。相手は日体大2年生の髙橋昭五選手。2013年のこの大会で3位になった優勝候補の1人だ。開始40秒、相手の腕をとったアーセンが、そのままタックルを仕掛け、場外に押し出した。しかし、ポイントを奪ったのは髙橋選手。アーセンが髙橋選手を押し出して1ポイントを奪ったかに見えたが、逆に髙橋選手が投げ技を決めたと認められ、4ポイントを奪われてしまった。このジャッジにセコンドに付いていたの祖父・郁榮がビデオ判定を要請。しかし、映像にそのシーンが映っておらず、ビデオでの確認は出来なかった。審判団もミスを認めたものの、ビデオ判定が受け付けられないという異例の決断で、結局ポイントは4対0のまま。この、思いもよらない展開に、アーセンは冷静さを失い、本来の積極的な攻めが見られないまま第1ピリオドが終了。
もう後がない第2ピリオド。開始12秒で素早く相手の懐にもぐり込み、場外へ押し出し4対1。しかし、その後はしっかりとガードを固められ、逆に、場外へ押し出されてしまった。これで5対1。再び4点差にされてしまったまま試合終了。結局、5対1でアーセンは無念の初戦敗退となった。序盤の失点が重くのしかかり最後まで自分のリズムを取り戻せなかった。
夢の五輪まであと2年。この悔しさを胸に、アーセンはさらなる飛躍をとげてくれるに違いない。山本家の期待を担う17歳は、金メダルを掲げるその日まで戦い続ける。
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