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BACK NUMBER #417 2014.3.29 O.A.

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横浜DeNAベイスターズ監督・中畑清  愛する妻との永遠の別れを乗り越え挑む2014年シーズン
この男にとって、監督としてのこの2年間はまさに激動の日々だった。
横浜DeNAベイスターズ監督・中畑清60歳。
突然訪れた、最愛の妻との永遠の別れ。
さらに昨年、中畑は監督辞任の瀬戸際に立たされた。
そんな絶望的状況から彼を救った一通の手紙。
中畑監督の今シーズンに懸ける思いと壮絶な野球人生を追った。
2012年中畑は横浜DeNAの監督に就任。
迎えた就任1年目のシーズン。スタンドには中畑見たさに、大勢のファンが詰めかけ
た。
しかしその注目度とは相反し、チームは勝てない日々が続いた。
首位巨人から41ゲームという大差で最下位に沈んだ。
指揮官として、この状況を黙って見ている訳にはいかなかった中畑は、
この年のホーム最終戦後、選手とファンの前である誓いを立てた。
来年、クライマックスシリーズに進出できなければ監督を辞める。
中畑は、まさに不退転の覚悟で、2年目のシーズンに挑む決意を固めた。
だが、その2か月後のことだった。
2012年12月5日。
最愛の妻、仁美さんが、子宮頸がんのため、59歳の若さで永眠。
あまりに突然訪れた、早すぎる別れだった。
監督就任を後押ししてくれたのも仁美さんだった。
「野球というスポーツがなかったら妻の後追いをしていたかもしれない。」
当時の悲痛な胸の内を中畑は明かした。
妻の死から2週間後。
中畑は自宅で妻に、来シーズンに懸ける思いを誓った。
迎えた2013年、監督2年目のシーズン。
横浜DeNAは、新加入の4番ブランコを中心に強力打線が爆発。
さらに中畑監督の勝利へ飽くなき執念がナインたちにも浸透し始め、
7月にはリーグ3位に浮上、球団初のクライマックス進出を射程圏内に捉えた。
しかしその後、投手陣が打ちこまれ、泥沼の9連敗。
一時は3位につけた順位も下降線をたどり、
9月24日、ついにクライマックス進出の可能性が消滅。
その翌日中畑は記者に監督辞任の意向を発表。
“クライマックスに進出できなければクビ”というファンとの約束、
そして亡き妻に誓った“必ず勝つ”という約束を果たせなかった自責の念に、
中畑は苛まれていた。
そんな失意のどん底にいた中畑を救ったある物があった。
それは、ファンから届いた一通の手紙。
この手紙は辞任発表の2日後、
埼玉に住む高校2年の女子生徒から実際に送られてきたもの。
そこには、少女の真っ直ぐで、切実な思いが綴られていた。
辞めることが責任を取る事ではない。
自分の孫ほど年の離れたファンの言葉に中畑は、最後まで戦う決意を固めた。
そして球団側も、シーズン終盤までクライマックス進出を
争った手腕を評価し、中畑に監督続投を要請。
こうして再び監督として、3年目のシーズンに挑むこととなった。
2月の春季キャンプでは、中畑自ら熱血指導。
そして迎えたシーズン開幕。
雪辱に燃える中畑DeNAは、2014年シーズン我々にどんな試合を見せるのか。
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