バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #413 2014.2.15 O.A.

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指導者となったミスタータイガース・掛布雅之に独占密着
2013年10月。
あるニュースがスポーツ紙の一面を大きく飾った。
「掛布雅之、指導者として阪神に復帰」
掛布は現役時代、ホームラン王に3度も輝きミスタータイガースと呼ばれた、80年代を代表するスーパースター。
そんな掛布が昨年、阪神の若手育成ディレクターに就任。
指導者として、選手層の薄さに苦しむチームの再建を託された。
今でも多くの野球ファンの記憶に刻まれている伝説のスラッガー掛布雅之。
だが、彼は決して野球エリートだった訳ではない。むしろ掛布は…雑草ともいうべき男だった。身長170cmと小柄で全国的にも無名だった掛布にとって、プロの世界は遠い夢だった。しかし高3の時、父親の伝手で、阪神の入団テストに参加。そこで、持ち前のバッティングセンスがコーチの目に留まり、掛布は、なんとかプロの肩書を掴み取った。
絶対に這い上がってみせる。その思いが、掛布を強くした。入団3年目で、チームの主軸に定着すると…6年目(1979年)には、初のHR王を獲得。
生え抜きから、阪神の4番となった掛布をファンは、ミスタータイガース呼んだ。
阪神は、1985年以降、実に28年もの間、日本一の座から遠ざかっている。
首脳陣はその理由を、長年FAなどの補強に頼る一方で、レギュラーや4番を狙える生え抜きの選手が台頭してこない選手層の薄さにあると判断。チーム力向上に繋がる、若手の底上げが急務となった。そこで白羽の矢が立った男こそ…テスト入団から叩き上げで4番に上り詰めた掛布だった。タイガース再建へ。掛布は、11月の秋季キャンプからチームに合流し、指導者として第一歩を踏み出す事となった。
2013年11月。阪神の秋季キャンプ。大勢のマスコミやファンが詰めかける中、ついに掛布がチームに初合流。掛布は、このキャンプで親子ほど年の離れた若手選手との壁を取り払おうと自ら歩み寄り、積極的に声を掛けた。そして掛布も若手の潜在能力の高さをその目で確認。本格始動となる春季キャンプへ、自信を覗かせた。
そして、ついに迎えた春季キャンプ初日。
掛布の指導は、夜も明けきらぬ早朝から始まった。宿舎に特別に設けられた練習場に、選手たちが集められた。掛布が手にしたのは、バットではなく1mほどの赤いゴムチューブ。
これは、この練習の為、掛布自ら取り寄せたもの。一見、何の為の練習なのか想像もつかないが、実は、これこそ、掛布が考えた打撃力アップの秘策だった。身体の軸を意識させ、水平にスイングする事で全身の力を無駄なく、最大限バットへ伝えることができる。
このスイングこそ、小柄な体格ながら3度のホームラン王に輝いた掛布のバッティングの礎となっていたもの。
そして1時間近くに及んだ朝練を終えると、すぐさま、球場へと移動。ここで掛布は、鋭い観察力で選手のバッティングを変えていく。
まず、掛布の目に留まったのは、入団2年目の内野手、北條史也、19歳。彼のバッティングを見た掛布はすぐにある事に気づいた。それは打ち終わりの姿勢。上体が前のめりになるため、やや窮屈なバッティングになっていた。打ち終わりに軽く屈伸をしてリラックスしろ、と指示。するとバットの出がスムーズになり、スイング軌道も明らかに大きくなった。その後も、掛布は選手の手を取りながら一人一人に見合ったバッティングの修正を行う。また、掛布は、自らバッティングピッチャーを務め…さらに、若手の居残り練習にも付きっきりで指導するなど朝から11時間以上も動き続けた。
指導者として初めて迎える今シーズン、その開幕まであと41日。掛布は、自分が育てた選手が一軍で活躍する事を信じ今日も、指導を続けている。
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