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BACK NUMBER #410 2014.1.25 O.A.

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23歳での戦力外通告 父の言葉を胸に挑むトライアウト
2013年11月10日、静岡県・草薙球場
プロ野球をクビになった選手たちが現役続行を懸けて戦う、
12球団合同トライアウトが行われた。
その中に、23歳という若さで戦力外となった男の姿があった。
元・千葉ロッテマリーンズ投手山本徹矢。
山本はプロ3年目に中継ぎ投手として1軍に抜擢されチームから期待された男だ。
だが…右肩を痛め、2年間、1軍はおろか2軍でも投げられない日々が続き、5年目の昨年10月、クビを言い渡された。
2008年、山本はドラフト5位で千葉ロッテに入団。
山本はプロ2年目の2010年2軍の試合の中継ぎで、37試合に登板し好成績を残す。
3年目のシーズン終盤には1軍のマウンドにも立った。
山本はこの年、中継ぎで11試合に登板。
翌年の1軍定着へ、期待が寄せられていた。
そんな1軍で活躍する息子の姿を誰よりも楽しみにしていたのは、父一春さんだった。
だがそんな山本を悲劇が襲う。練習中突如右肩の痛みに見舞われ、一軍を途中離脱。
マッサージやハリ治療で痛みを和らげながら、ピッチングを続けるも今までのピッチングを取り戻す事は出来ず、2軍の試合にさえ登板の機会が与えられなくなった。昨年の登板機会はゼロ。そして、10月3日戦力外通告。
山本は、現役引退を覚悟した。
しかし、“野球を諦める”その事を父・一春さんに告げると誰よりも息子を応援していた一春さんは“野球を嫌いなままで終わってほしくない”と言葉を掛けた。
その言葉に心を動かされトライアウトで再挑戦する決心を固めた山本は、千葉ロッテの施設を借り、練習を重ねた。
練習を重ねる度に思い通りのピッチングをする事が出来ない事を痛感する山本。
しかし、トライアウトで悔いのない投球をしたい。山本の気持ちはその一点だけだった。
そして迎えた、トライアウト当日。ヒットは許さなかったものの、球速は最高で125キロ。
しかし、マウンドを降りた山本の顔は晴れやかだった。
そして1週間後。どこからもオファーが無かった山本は、プロ野球選手を辞める決意を両親に告げた。しかし、山本に悔いは無かった。
今回の挑戦で再び野球を好きになる事が出来たからだ。
その後、元日本ハム武田一浩にテレビ制作の仕事を紹介され、テレビ制作の仕事に挑戦する事を決意した山本。
山本は、2月から、テレビ制作のアシスタントディレクターとして、第2の人生を歩んでいく。
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