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BACK NUMBER #388 2013.8.17 O.A.

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世界陸上 女子マラソンの裏側に迫る
2013年8月10日より開幕した世界陸上モスクワ大会。
初日に開催された女子マラソンで日本に今大会初のメダルがもたらされた。
そのメダルを獲得したのは福士加代子。
気温30度、湿度48%という過酷な状況の中、銅メダルを獲得した福士。
そこには、挫折を味わい続けてきた彼女ならではの真実が隠されていた。
2001年、福士は高校卒業後、社会人の名門ワコールに入ると一躍その名を轟かせた。
入社2年目の全日本実業団対抗女子駅伝では怒涛の16人抜きを成し、翌年には3000mと5000mで日本新記録を更新。
さらに日本新記録更新から8日後に、5000mで日本人の壁と言われていた15分台を突破。
弱冠20歳にして“トラック界の女王”と呼ばれるようになった彼女は、明るく奔放なキャラクターを相まって一躍スター選手になった。
しかし、そんな福士でさえもオリンピック・世界陸上といった世界大会では入賞できなかった。
そんな時、周囲からは福士のマラソン転向を期待する声が上がっていた。
世界でもトップクラスの実績を誇っていた日本女子に転向すれば、メダル獲得も夢ではないというものだった。
そして、2008年、25歳の福士はその期待に応えるかのようにマラソン挑戦を表明。
そして、臨んだ初のマラソン。
序盤からトラックで培ったスピードで先頭に出ると、驚異的なハイペースで、一時は後続を600m以上も離した。しかし、30キロを過ぎてからは急激はペースダウン。次々と抜かれ、脱水症状を起こし4度も転倒。最終的には完走をしたものの19位と惨敗。
その後のレースでも後半に失速をし続け結果が残せなかった。
そんな福士には“失速娘”という屈辱の汚名が着せられてしまった。
そんな時、福士に転機が訪れる。
2013年1月、世界陸上の代表選手が集まり行われたアメリカ・ボルダーでの合同合宿。
ここで福士はアテネオリンピック金メダリスト野口みずきと共に練習をし、自分以上の練習をしているメダリスト野口に心を大きく揺さぶられた。
そして迎えた世界陸上モスクワ大会。
気温30度・湿度48%という過酷なコンディションの中、スタートした女子マラソン。
福士は今までの反省をふまえ、前半から集団の後方を走り、体力を温存。
ラストで温存した体力で3位の選手を抜き去り、見事銅メダルを獲得した。
“失速娘”の汚名を返上し、これからは福士が“マラソンの女王”として、日本陸上界を引っ張っていってくれるだろう…。
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