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BACK NUMBER #293 2011.7.9 O.A.

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38歳 現役最年長力士 大関・魁皇 なぜ男は土俵に上がり続けるのか・・・
友綱部屋では大相撲・名古屋場所に向け、若手力士たちが激しい稽古を続けていた。そこに、相撲界の現役最年長力士が姿を現した。魁皇博之38歳。大関の座を10年以上守り、「中年の星」と称えられることもある魁皇。力士の引退の平均年齢は、およそ32歳。だが魁皇は38歳になった今も戦い続けている。なぜ魁王は、土俵に上がり続けるのか、そこには、挫折と屈辱に満ちた壮絶な相撲人生が関係していた。
魁皇は福岡県・直方(のおがた)市で産声を上げた。子供の頃から体格は常に同級生より大きかった為、地元の相撲大会に、無理矢理出場させられていた。中学3年生の時、熱心に勧誘を続けていた友綱親方は、半ば強引に魁皇を角界に入れた。そして新弟子検査では、衝撃的な光景を目の当たりにする。あの角界のサラブレッド花田兄弟、さらに、のちに史上初の外国人横綱として一時代を築き上げたあの曙太郎が同期入門だったのだ。彼らは、入門から3年で新入幕を果たすと、驚くべきスピードで出世していった。同期の異例のスピード出世には及ばなかったが、魁皇も入門から5年で、十両、6年目には、前頭に昇進。7年目の春場所では、横綱に昇進していた曙を下し、その場所後に小結に昇進翌年には関脇に定着。わずか8年で大関昇進のチャンスを掴んでいた。だが・・・関脇昇進後、5年以上大関になることが出来なかった。何故、大関になれないのか、その理由が、どうしても魁皇には分からなかった・・・
そんな魁皇を大きく変える出来事が訪れる。当時、大関獲りを争っていた関脇・武双山との取り組み。
武双山は魁皇の5年後輩。先輩力士として、負けるわけにはいかない。だが、無残な敗北を喫した。
魁皇は、武双山との取り組み後、相撲に対する気持ちが大きく変化した。受身だった姿勢から、“本気で強くなりたい”と、心の底から感じたのだ。この時魁皇は28歳、入門から13年が経っていた。
そして、武双山との敗戦から4ヶ月たった2000年夏場所、優勝候補の一角・横綱・貴乃花との一番。
横綱相手に、見事な勝利を挙げ、生まれ変わった自分を証明した。この場所で初の幕内優勝に輝き、この年、ついに念願の大関の座を掴んだ。魁皇は、大関昇進後、新たな相撲人生を歩み始めた。
しかし、同じ頃、魁皇の同期たちは、故障を理由に、次々に各界を去っていった。魁皇も肉体的には満身創痍の状態だった。だが、それでも魁皇は土俵に上がり続けることを選んだ。魁皇は語る「悔しい思いをして、やっと掴んだ大関の座をすんなり終わるわけには行かない。絶対やれるところまでやる」と。
愚直に土俵に向き合い続けてきた魁皇は、幕内107場所目となる戦いの舞台へ挑む。
魁皇はいかに本場所へ挑むのか、屈辱を乗り越えた男の執念に日々に密着した。
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