バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #291 2011.6.25 O.A.

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それでも僕はあきらめない。為末大、あくなき挑戦
今年3月、アメリカ・サンディエゴ。為末がこの地に生活の拠点を移して、丸2年になる。その間、膝とアキレス腱を痛め、レースには一度も出場していない。ここを選んだのは、日本にいると嫌でも耳にする雑音から逃れたいという思いだった。そんな為末の部屋の片隅にある一枚のうなだれた写真。世界陸上大阪で屈辱を喫した際の写真だ。これが『最後まで燃え尽きたい』という思いの原点だと為末は言う。今なお為末を夢にしがみつかせる、忘れられない敗北とは・・・
為末が初めてメダルを獲得したのは、もう10年も前のことになる。日本男子トラック種目史上初のメダル獲得という快挙。一躍時の人となった為末は陸上競技を盛り上げる為、様々なイベントやメディアに登場した。特にこの時、力を入れたのは、間近に迫った世界陸上大阪大会をアピールすること。
9歳から始めた陸上競技をメジャーにすること。それは、為末の悲願だった。
2007年8月25日。世界陸上大阪大会開幕。
しかし、為末を待ち受けていたのは残酷な結末だった。通過点にすぎない予選ラウンドでまさかの失速。翌日の新聞には、「為末予選落ち」の見出しが大きく踊った。失意のシーズンオフ、為末は何度も険しい山に登った。日本の陸上界を盛り上げる為に必死になった2007年。しかし、自分が失速したことで、それは中途半端な形に終わった。自分は何のために走ればいいのか。為末はもう一度前を向く理由を必死で探していた。
そして2008年8月、これで引退と決めて挑んだ北京オリンピック。
しかし、世界陸上に続きまたも予選落ち。「為末の時代が終わった」。だれもがそう思った。しかし、レース後の為末の心は揺れていた。走ることは人生のすべてだった。それを失ったとき、自分はどうなってしまうのだろうか。引退か、続行か。この日からずっと為末は自問自答を繰り返した。そしてオリンピックからおよそ1ヵ月後、現役続行を決断した。
しかし、すぐに走り出すことはできなかった。為末はこのとき30歳。原因は、完治することのない、膝とアキレス腱の痛みだった。為末は地道なトレーニングを積み重ね、3年をかけ今シーズンついにトラックに帰ってきた。今シーズンの目標は、8月の世界陸上に出場すること。その選考レースである日本選手権に勝つこと、それが復活への第一歩となる。
そして己の全てをかけて臨んだ日本選手権、そこで為末を待ち受けた壮絶な結末とは!?
夢を諦めない男の執念の戦いを追った。
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