バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #290 2011.6.18 O.A.

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野口茂樹“野球を諦めきれない!”
今から一年前。東京・渋谷のある焼き鳥屋で元プロ野球選手が働いていると聞き、我々は訪ねた。
男は慣れた手つきで焼き鳥の仕込みをしていた。元中日ドラゴンズの大エース野口茂樹。
野口は3年前プロの世界を退き、妻の父親が経営するこの店で働き始めた。熱心なその働きぶりに、義父の盛二さんは「このまま店の跡取りとしてやってほしい」とまで考えていた。だが、野口には、まだためらいがあった。プロ野球の世界にまだ捨てきれない未練を抱えていた・・・
野口は1992年、中日に入団。プロ入り3年目から一軍で活躍した。4年目のシーズンにはノーヒットノーランを達成し、球界を代表する投手としてその地位を確立した。そして2005年、巨人へ移籍。だが移籍後は、3年でわずかに1勝のみ。2008年、巨人から戦力外通告を受けた。
しかし野口は、あくまでも現役にこだわった。クビになってからも毎日トレーニングを続けた。そしてその思いが、実を結ぶ。
メジャーリーグのトロント・ブルージェイズからマイナー契約のオファーがあったのだ。ところが契約後行った精密検査で、その左肘に遊離軟骨という負傷箇所が見つかってしまう。治療には、手術が必要だった。ブルージェイズとの契約は、白紙となってしまう。それでも野口は現役にこだわり手術を決意した。そして、痛みと戦うリハビリの日々が始まった。ボールを投げることすらできない現状に、何度も心が折れそうになった。そんな野口を支えたのは、かけがえのない妻の存在だった。
野口は戦力外通告を受けた後、巨人時代から交際していた直美さんと結婚。自分が一番辛い時期に一緒になってくれた妻の存在を支えに地道なリハビリを続けた・・。
手術から9ヶ月が経過した2010年12月。野口はほぼ以前のように投げられるまで回復していた。
しかし、代理人を通じ所属先を探すも、オファーはどこからもなかった。練習と焼き鳥屋を往復する日々・・。野口の収入は、ここで得る時給のアルバイト代のみ。妻の直美さんは、保育士として働き、野口と共に家計を支えていた。
そんな中今年5月。野口に新たな展開が訪れた。ある球団が、野口を獲得に乗り出したのだ。独立リーグの、四国アイランドリーグplusに所属する、三重スリーアローズ。将来は、日本のプロ野球を目指す若手も、数多く所属するチームだ。
これがプロ復帰へのラストチャンス。
かつて栄光を掴んだ男の不屈の挑戦に密着、野口を待ち受けた結末とは!?
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