バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #288 2011.6.4 O.A.

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ヤクルトの若きエース・由規 天国の先輩に贈る熱投!
5月19日 宮城県 仙台市
この日、一台の車が、まだ震災の爪痕が残る仙台市内の道を走っていた。
車内からその景色を、じっと見つめる一人の男。ヤクルトの若きエース、由規、21歳。
仙台は彼が生まれてから18年間過ごした故郷。変わり果てたその姿に由規は、言葉を失った。
スポーツの力で被災者に勇気や元気を届ける。
震災以降、叫ばれ続けてきたこの言葉の難しさを、彼は今、誰より痛感していた。
そして由規自身も、今回の震災で、かけがえのない人を失った。
1989年、仙台市で生まれた由規。小学校4年から野球をはじめ、高校は地元の仙台育英に進学。中でも2年生エース由規と、3年生のキャッチャー斎藤のバッテリーは、当時、東北最強と謳われた。甲子園ではエース由規の速球、そしてキャッチャー斎藤の好リードで三振の山を築きあげた。
そして卒業後、由規は、ヤクルトスワローズに入団。入団1年目から活躍を重ねた。
今シーズン、更なる飛躍を目指していた由規。しかし、あの日、状況は一変する。
3月11日、東日本大震災-。震源地が故郷の宮城だった。
仙台市内に暮らす家族の無事は確認できたものの、親戚数名が津波で亡くなっていた。
震災から4日、チームは、練習を再開。だが、由規は、野球に打ち込める状態ではなかった。
実は、由規にとってかけがえのない人が震災で、安否不明になっていた。
それは、由規と高校時代にバッテリーを組んでいたあのキャッチャー、斎藤泉さん。
シーズン直前、由規に突きつけられた過酷な現実。不安が頭から離れなかった。
そして2011年のシーズンが開幕。由規は、不安な気持ちを胸にしまいこみ、必死にペナントレースを戦っていた。
そして、4月27日。巨人との一戦。由規は、今シーズン3度目の登板となった。
しかし…この日の朝、由規のもとに、つらい知らせが届いていた。
あの先輩キャッチャー、斎藤泉さんがこの日、遺体で発見された。
“生きていて欲しい”・・・その願いは叶わなかった。
兄のように慕ってきた先輩の突然の訃報・・・
それでも、由規は悲しみをこらえマウンドに上がった。
計り知れない深い傷を抱えながらも戦い続ける若きエースの心揺らぐ苦悩の日々を追った。
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